【第三セクター応援鐡旅J】南九州編(とりあえず最終編)

■はじめに
 第三セクター鉄道を「鉄印」「(食べ物などの)消える系グッズ」「その他(駅弁等)」で応援するシリーズであるが、今回は南九州の3社(南阿蘇鉄道、肥薩おれんじ鉄道、くま川鉄道)である。くま川鉄道については災害による運休が続いており、鉄印についても通信販売であったが、2021年11月末に大部分で運行が再開されたため、現地での鉄印販売も開始されている。
 なお、南阿蘇鉄道についても、災害の影響で大部分が運休中である。本来ならば再開後に訪問したいところであるが、かなり待つ必要があるため、今回の旅で部分的に乗車してしまうことにした。
 これをもって、このシリーズ(第三セクター応援鐡旅)も終了である。ただし、DMV運行開始まで鉄印販売を見送っていた「阿佐海岸鉄道」は未入手であるため、別途訪問しなければならない(2022年2月に訪問予定)。
 年末の長期休暇と「九州満喫きっぷ」を最大限に利用して、以下のような旅程とした。

初日:羽田から福岡に飛び、地下鉄と西鉄を乗り継いで大牟田へ。JRで北熊本へ行き、久々に熊本電鉄に乗車してからJRで三角へ往復し、熊本市内へ(水前寺泊)。
2日目:JRと路線バスを乗り継いで、南阿蘇鉄道が現在運行している西端の中松駅へ。鉄道で高森へ移動し(鉄印入手)、同じルートを戻って熊本へ。JRと肥薩おれんじ鉄道を乗り継いで湯浦へ(湯浦温泉泊)。
3日目:川内へ移動し(鉄印入手)、JRで枕崎まで移動してから鹿児島市内に戻り、最後は市電乗り潰し(鹿児島泊)。
4日目:高速バスで人吉へ移動し、路線バスで球磨村へ。人吉に戻り人吉温泉駅で鉄印を入手してから、代行バスと運転再開をした鉄道に乗って多良木へ(多良木泊)。
5日目:鉄道と代行バスで人吉に戻り、高速バスで鹿児島空港へ。夕方の便で羽田へ。


@多良木駅にて

■2021.12.26
 7時25分の便(満席)で、福岡空港へ。地下鉄の駅で「九州満喫きっぷ」に押印をしてもらい、西鉄福岡(天神)へと移動した。熊本方面へ行くのであれば博多からJRに乗ってもいいのであるが、各私鉄も乗り放題の切符であるため、今日はあえて西鉄で移動である。
 改札を通り、10時30分発の特急が入線してくるのを待った。いつもの車両がやってくるのかと思ったが、入線して来たのは見慣れない「水都」という観光車両であった。

@意外にも

 座席もクロスシートであり、これは西鉄にして正解であった。
 定刻に西鉄福岡を出発。車内では日・英・中・韓でのアナウンスがされているが、それによると2号車には展示物と記念スタンプがあるとのこと。ということで、大牟田到着前にそこに行って閲覧+ポストカードなどをもらっていった。
 11時34分、大牟田に到着した。2年弱前にこの駅に来た際には駅前に野晒しで市電が展示されていたが、そこに大きな屋根が付けられて内装もかなり変わっていた。調べてみると、今年からカフェとしてオープンしたとのことである。

@再利用

 歩いてJRの駅に向かい、11時43分の各駅停車に乗り、上熊本へ。この駅で、熊本電鉄に乗り換えである。
 もう何回も訪問している上熊本駅である。新駅舎になってからは殺風景な感じであったが、新しい商業施設が多数営業開始しており、賑やかな感じに変貌していた。
 続いて乗るのは、12時50分発の北熊本行である。

@くまもん柄

 定刻に上熊本を出発。今日明日と寒波が到来しており、北国や北陸の交通網が影響を受けている。さすがに熊本は大丈夫、と思っていたが、ここに来て雪がちらほらと舞い始めた。
 北熊本で御代志行に乗り換え、終点へ。ここに来るのは2回目である。
 特にすることもなく折り返し、上熊本からJRに乗り継いで宇土に向かった。ここから先は、三角線に乗り換えることとなる。

@ボロ気動車がやって来ました

 気動車に揺られつつ、15時41分に三角に到着した。
 さて、ここに来た目的は特にない。駅近くに地場産の店があり、そこで総菜でも買えるのではないかと思っただけである(乗り放題切符ならでは、の使用方法)。
 その店で値引きの総菜を買い、15時47分の列車で熊本に戻った。熊本駅からは、市電に乗って水前寺にある安ホテルに向かった。

■2021.12.27
 さて、昨日は鉄印の入手無しであり、今日からが旅の主テーマとなる。
 新水前寺から電車に乗り、肥後大津へ。ここで1両編成の宮地行に乗り換えた。

@一気にローカル色

 8時56分に同駅を出発。住宅街が多かった肥後大津までとは違い、景色も木々が多くなっていった。9時10分に到着した立野で下車。ここは南阿蘇鉄道との接続駅であったが、震災によりここから中松までは不通である。
 この辺りは約3年前に訪問しているのであるが(拙文「【どこかに鐡F】熊本空港編」参照)、その際は駅舎などが荒れ放題で廃墟のようであった。それがどうなっているのかと思っていたのだが、なんとすべて撤去されてしまっていた。

@何もなし

 南阿蘇鉄道は2023年度に全線再開を目指しているというので、その頃には真新しい新駅舎が完成するのであろう。
 寒空の元でしばし待ち、9時30分発の路線バスに乗り込んだ。立野の街中を過ぎると、今年の3月に開通したばかりの新阿蘇大橋を超え、しばらくすると南阿蘇鉄道と沿うように走る。そのまま中松まで乗ってもいいのだが、そうすると中松駅で1時間くらいの暇ができてしまうため、南阿蘇村役場で下車した。ここから55分、歩いて中松駅に向かうこととなる。
 今日も寒いが、雄大な阿蘇を眺めながら歩けば、長閑な散策タイムである。

@天気も良し

 今から22年前のバイクツーリングの際に野宿をした白水高原駅などにも立ち寄ったりして、10時50分頃に中松駅に到着した。
 駅舎を過ぎてホームに入ると、ちょうど高森方面からの列車がやって来た。そこから下車してきたのは、鉄道ファンらしき1人だけである。

@1社目

 早速車内へ。到着時から気になっていたのだが、ボックス席の1つのスペースが潰されて小さな神社となっている。どうやら「師走詣・初詣列車」ということで、今日から運行を開始したとのこと。昨日の「水都」といい、予定していない観光・イベント列車との遭遇はありがたいものである。
 お神酒として置いてあるのが、復興記念の日本酒である。これは、もし高森駅で売っていれば購入しなければなるまい。

@復興祈願

 定刻の11時00分、中松を出発した。車内は意外にも4人の乗客がいるが、2人連れは立野駅前から同じバスに乗っていたので、明らかに「乗ること」が目的の人である。驚いたのは、地元民らしきお婆さんが1人乗っていたことであった。中松から高森だけの区間で、しかも1日に3往復だけであるから、公共交通機関としての役目はあまり果たせていないと思っていたので、1人いたことだけでも驚きであった。
 速度はかなり低速の徐行であり、車内では運転手による観光アナウンスが続けられていた。

@各所に湧水あり

 ずっと徐行区間が続き、11時25分に終着の高森に到着した。走行距離が7.2キロで所要時間が25分であるから、表定速度(停車時間も含めた平均速度)は、たったの17.3キロである。
 窓口に向かい、早速鉄印の入手である。

@ゴールも近づいてきた

 続いては、消える系(食べ物など)のグッズである。駅舎内に陳列されている商品を一通り確認して、「トロッコショコラ」と「味噌かりんとう」を購入した。

@切符で応援できないぶん、物品購入で応援

 折り返しの出発までしばし時間があるため、駅付近を散策した。アニメ関連の新たな展示が増えていたが、駅前にあったはずの小さなSLが撤去されてしまっていたのが残念であった(気になったのでネットで調べたら、無事に直方に移転されたとのこと)。
 駅に戻り、出発まであと5分も切っているため車両に乗ろうとしたところ、車内の神社に展示してあった日本酒のことを思い出した。慌てて駅舎内の売店を見渡したところ、カウンターの横に見本が1本展示してあったので、化粧箱入りのを1つ出してもらって無事に購入した。

@忘れるところだった

 11時45分、中松行が出発した。2人組はどこかに観光に行ったようであり、またお婆さんは買い物か病院にでも行ったようであり、乗客は私1人だけであった。
 私1人だけのために先ほどと同様の観光アナウンスをしてもらうのは恐縮であるが、往路とは若干違ったパターンもあり、新たな情報もちりばめられていた。
 12時06分に中松に到着。立野方面のバスはまたしても1時間弱待つ必要があるため、やはり役場まで歩いて行くことにした。
 役場前からバスに乗り、立野へ。ここから熊本方面に戻るが、やってきた各駅停車はハウステンボスカラーであった。

@違和感あり

 13時41分に立野を出発し、肥後大津へ。同駅で熊本行に乗り換えて、15時31分に八代に到着した。ここで肥薩おれんじ鉄道への乗り換えとなる。
 八代でも鉄印を購入することができるが、乗り換え時間が4分しかないため、明日の川内で購入することにしている。よって、今日は温泉旅館に直行である。

@すぐに乗り換え

 15時35分に八代を出発。しばらくすると、右手に奇麗な海が広がり続けた。
 16時20分、湯浦に到着した。川内などで安ホテルに泊まることも可能であるが、今日は豪華に温泉旅館(夕食アップグレード)である。
 歩いて宿に向かい、温めの温泉にゆっくりと浸かってから、お待ちかねの夕食に。今日はワタリガニが入手できなかったということで、代替で芦北牛ということであったが、充分に満足のいく内容であった。

@当然、呑み過ぎに

■2021.12.28
 朝食を頂いてから駅に向かい、7時54分発の川内行に乗り込んだ。2両編成であったので2両目に乗り込んだが、なんと2両目は途中の出水で切り離されるという。同駅到着前に1両目に移動したが、年末ということもあって空いていたので、無事に海側に座ることができた。おかげで、阿久根以南では奇麗な海も拝むことができた。

@今日も天気良し

 9時45分、川内に到着した。まずは鉄印の入手である。「もうかなり周っていますか」と聞かれたので、「後はくま川鉄道と、四国の1社だけです」と答えたところ、「ちょっと(鉄印帳を)見せてもらってもいいですか」となったので、しばし各社の鉄印鑑賞+解説タイムとなった。

@2社目入手

 窓口を見た限りでは食べ物系のグッズはなさそうであったので、そのままJRのホームへと向かった。目の前には9時54分発の鹿児島中央行が停まっているが、これに乗ったところでその先の旅程に変更がない(指宿枕崎線の本数が少ない)ため、いったん改札を出ることにした。
 川内は仕事でも来る町なので、駅舎の1階に物産館があることは知っている。念のためそこに行ってみたが、やはり肥薩おれんじ鉄道のグッズは売っていないようであった。
 市内の郵便局に寄ったりしてから駅に戻り、10時26分の列車で鹿児島中央に向かった。ここから指宿枕崎線に直接乗り換えはせず、市電で谷山に向かうことにしている。もう飽きるほど乗っている鹿児島市電であるが、それは鹿児島中央駅と鹿児島駅の間ばかりであり、下(南)半分は乗った記憶が曖昧なのである(たぶん乗っていない)。
 駅前から2号線で乗換駅となる郡元に向かった。偶然ではあるが、KIRIKOという改造車両であった。

@偶然

 郡元からは1号線に乗って谷山へ。終着の谷山からは少し歩いてJRの谷山駅に向かった。
 駅でしばし待ち、12時18分発の枕崎行に乗り込んだ。車内はそこそこ混雑していたが、指宿近辺で空いてくるに違いない。
 出発後は、のんびりと景色を眺め続けた。それにしても、オンボロ車両の「軋む」音がかなり激しい。
 JR日本最南端の駅である西大山で2分停車するということで、せっかくなので撮影タイムである(「日本最南端」の駅は、沖縄の「ゆいレール」にある)。

@「JRでは」最南端の駅

 14時41分、枕崎に到着した。ここに来た目的は特になく、ただ単に「枕崎産のカツオでも買おうか」と思っただけである(乗り放題切符を最大限利用)。ということで、街中散策をしてから駅に近いスーパーに行き、枕崎産のカツオの刺身などを買ってから駅に戻った。
 15時53分発の列車で、鹿児島方面へ。日も暮れた18時39分(定刻より5分遅れ)に到着した南鹿児島で下車し、市電に乗り換えて天文館通まで行き(鹿児島市電制覇)、予約済のホテルへと向かった。

■2021.12.29
 さて、今回最後の鉄印は先月に一部再開した「くま川鉄道」であるが、肥薩線が運休であるため、鉄道でのアクセスは不可能である。ということで、熊本行の高速バスに乗って人吉インターで降りることにしている。

@事前予約済

 8時52分に天文館を出発し、人吉インター到着は10時35分。今日はこれから、肥薩線の現状などを見るために球磨村のバスに乗る予定であり、接続バス停である「石水寺入口」までは人吉駅付近から路線バスで行こうと思っていたが、スマホに計算させるとインターから1時間8分で歩けるという。どうせ急ぐ旅でもないので、いそいそと歩き始めた。
 歩けば歩いたで、新たなネタはある。偶然にも西人吉駅付近を通過したのだが、まるで廃線跡のような廃れ具合であった。

@復活望む

 11時47分、同バス停から小さな路線バスに乗車した(市内からやって来た路線バスが、そのまま球磨村のバスとなる)。人吉市内は普通の路線バスのように値段が上がるが、ここから先(球磨村内)はどこまで乗っても100円である。
 すぐに左手に肥薩線の路盤が見え始めたが、どこも荒れ放題である。そのうち路盤は球磨川を渡って反対側に行くが、橋梁は完全に落ちてしまっていた(残っているのは土台のみ)。
 そこから先の路盤も荒れ放題で、濁流にバラスト等が流されてレールが宙に浮いているような場所もある(末期の日高本線以上に酷い)。復活のためにはまさに「一から新たに造る」必要があり、これは一筋縄では行きそうにない感じである。

@ボロボロ

 当初予定では球磨村役場付近や一勝地駅でも訪問しようと思っていたが、これといって時間を潰すような場所がない。そこであれこれ検索すると、球泉洞付近でパン屋や食堂が開業しているようなので、そちらに行くことにしている(せっかくであるから、小銭程度は地元にお金を落としていきたい)。
 12時18分頃、球泉洞前バス停で下車した。まずはパン屋に向かってみたが、狙っていた「たまごサンド」は売り切れとのこと。作戦変更で、食堂である。このご時世、よそ者が混雑している食堂内に入るのは少し躊躇われるので、弁当にしてみた。500円にしては、ボリュームたっぷりである。

@熱々(唐揚げ弁当)

 弁当を食べ終えても、折り返しのバスまでまだ40分以上ある。ということで、1つ前の松本というバス停まで歩いてみることにした。というのも、往路の乗車時に、球泉洞駅がとんでもない状態になっているのをこのバス停付近からちらっと見えたからである。
 旧道の西側は通行止めであるため、1キロ以上もあるトンネルを抜けて東側からアクセスし、松本バス停を過ぎてしばらくして、やっと下界を見渡せる場所に到達した。球泉洞駅であるが、もう「立っているのが精いっぱい」という状態である。

@ほぼ廃墟

 駅の東側では大規模な土砂崩れも発生していて土砂が路盤を覆っており、かなり厳しい状況である。肥薩線復旧の方向性は未だに示されていないが(最悪の場合はこのまま廃線)、実際に目にするとかなり難しい現実があるということであった。
 少し遅れて13時27分頃にやってきた路線バスに乗り、人吉市内へ。石水寺入口で降り、その後は適当に歩いて市内観光をした。
 人吉温泉駅に向かい、まずは鉄印の入手である。

@3社目(今回はこれが最後)

 その後はスーパーに行ったりして時間調整をして、16時10分頃に駅に戻って来た。
 部分復旧したといっても、この駅から肥後西村まではまだバスである(途中の橋梁が流されてしまっているため)。
 代行バスに乗ろうとしている人は私を含めても数人であるが、駅前には何台ものバスが停まっている。とりあえず1台目に乗ったが、定刻より3分早い16時23分に出発してしまった。乗客は私を含めても4人だけである。

@バスたくさん

 どういうことなのかと思っていたが、次のバス停(インター近く)でたくさんの学生が乗車してきた。ご時世(コロナ禍)もあってすし詰めにはできないため、ある程度の混雑になると残りは2台目以降に乗車する、となっているようである(さすがに3台目以降はガラガラであったが)。
 16時45分頃に、肥後西村駅前に到着した。しばしホームで待ち、やって来た2両編成の列車に乗り込んだ。観光車両「田園シンフォニー」の2両編成である。

@乗客はほぼ学生ですが

 同駅を定刻の17時04分に出発した。次第に薄暗くなっていき、多良木には17時28分に到着した。
 今日の宿泊先は「ブルートレインたらぎ」であるが、まずは隣接する物産館に向かった。ここでは、鹿肉の総菜を買うことができるため、それ狙いである(ここに来ると必ず購入)。しかし、今日は到着が遅かったこともあり、すべて売り切れであった。
 仕方なく、何も買わずにブルートレインにチェックインした。ここに泊まるのは3回目である(過去2回は、拙文「『動かない列車』に乗る旅」及び「【どこかに鐡L(特別復活版)】鹿児島空港編」参照)。前回訪問時は「塗装がそろそろ限界」と思ったが、塗り直されて奇麗になっていた。

@今日の宿泊先

 宿泊場所としてはかなり狭いが、その安さと、すぐ近くに温泉があってそれも利用できる点などが良い面である。昔の私の記述を読み返すと個室のドアがなかったようであるが、今はそれも復活しているため、プライバシーも保つことができるようになっている(なお、解放B寝台の車両もあるため、家族連れなどはそちらでもいいかと思われる)。
 早速室内へ。今日の個室は下段である。実際に走行する場合は上段の方が見晴らしが良いが、室内スペースは下段の方が広い(着替えなどが楽である)ため、泊まるなら下段である。

@個室内

 室内に入ってから、シーツをベッドに敷いたりする。寝台乗車時には必ずやる手順であり、懐かしい限りである。
 物産館では鹿肉は買えなかったが、近くのスーパーで馬肉刺身と馬肉コロッケを入手。温泉に行ってから、フリースペース(もちろん鉄道車両)でそれらを頂いて、就寝。

■2021.12.30
 ブルートレインをチェックアウトして多良木駅に向かい、7時34分発の列車に乗り込んだ。昨日と同じ「田園シンフォニー」であり、車内は高校生ばかりである。
 肥後西村で代行バスに乗り換え、8時04分に出発。しばらくすると球磨川を超えるが、やはり鉄橋が流されており土台だけとなっている。しかし、全般的に路盤が壊滅的であるJR肥薩線と比較して、こちらは「後はあそこに鉄橋を掛けるだけ」である。

@あと一歩

 インター近くの停留所で高校生はすべて下車し、バス車内はガラガラになって人吉温泉駅には8時25分頃に到着した。今日は大型バス4台体制であった
 その後は、市内にある神社や寺院や城址を徒歩観光した(旅の本筋とは関係ないため省略)。
 買い物などをしてから、歩いて人吉インターへ。予約済みである10時38分のバスに乗り、鹿児島空港へ向かった。11時40分頃に到着。
 さて、後は東京へ帰るだけであるが、出発時刻は16時25分である。当初は嘉例川駅でも行こうかと思っていたが、片道(往路)はバスがないため1時間ほど歩かなければならない。結局面倒になり、当日になって「ラウンジで酔いどれよう」ということになった。
 しかし、コンビニ食材で呑んだのでは面白くない。ということで、人吉駅前の駅弁屋で買った弁当がメインである。これらで小一時間ほど酔いどれ、小一時間ほど居眠りし、後はこの旅行記を完成させてアップさせるだけである。

@ピンぼけ

 この業者は、栗や鮎を使った名物駅弁を販売しているところであり、私はいずれも経験済みである。今日は、敢えて普通の総菜や安弁当にしてみた。次回はぜひ、「祝・肥薩線復活」とでも称して、駅弁を購入して旅を楽しみたいところであるが、さて、それはいつのことになるのやら。

 

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