白夜特急(スウェーデン編)

はじめに
 ノルウェー最北の駅であるナルヴィクは、路線図を見れば明らかなようにすべてスウェーデンからの列車が発着する。「ノルウェー編」でも少し書いたが、この町はスウェーデンのキルナ鉱山の積出港として栄えた町であるためである。
 北欧の鐡旅の後半は、ここからスウェーデンへと入っていくこととなる。

【旅程】
5日目:ノルウェーのナルヴィクからルーレオ行に乗車し、ボーデンでストックホルム経由ヨーテボリ行の夜行列車に乗り換え(車中泊)
6日目:ストックホルム観光。午後にムーラまで往復(ストックホルム泊)
7日目:パリ経由で羽田へ(機内泊)

(4日目までは、「白夜特急(ノルウェー編)」をご覧ください)

@ボーデン駅にて

■2013.7.7
 5時前に起きて、無線LANを使用してネット検索などをする。少し雨模様であるが、部屋に籠っていても仕様がないので、せっかくなので散策に出かけることにした。
 6時過ぎにホテルを出発し、宿にあった簡易な地図を手掛かりにして、ロープウェー乗り場を経由して坂道を歩き続けた。だんだんと雨が強くなってしまったが、歩き始めて30分弱で下界を見渡せる場所に辿り着いた。残念な空模様であるが、右手下には鉱石積出の大きな施設があり、豆粒のような貨車もたくさん連なっている。

@雨のナルヴィク

 宿に戻り8時からの朝食を済ませ、今度は線路より北側の地域を散策した。雨が上がり晴れ間が覗いた、と思ったらまた曇ったりと慌ただしい天気の中、大きな教会や空港の滑走路を見下ろす高台からの眺めを満喫したりした。積出施設の近くは何本もの線路が集中しており、機関車や貨車もたくさん係留されている。

@産業の中心

 ホテルに戻って荷造りをし、9時半頃に出発した。雨はかなり酷くなっており、時折ビルの下で避難したりしながら駅へと向かった。出発までまだ30分ほどあるが、ナルヴィク駅の待合室ではすでに10人くらいが列車を待っている。
 私が乗るべき列車は、10時15分発のルーレオ行で、ボーデンで乗り換えてストックホルムへ向かうことにしている。ナルヴィクを12時40分に出発する列車に乗れば1本でストックホルムに行けるのであるが、分割した方が「ほどよい時間」に出発・到着できるのと、違う種類の列車に乗れること、また明るい時間帯は座席車両の方が景色は眺めやすいという理由から分割したのである。結果論として、その方が少し安かったという理由もある。
 10時05分頃、私が乗るべきルーレオ行の列車が入線してきた。私の席は51号車であるが、当然50両もあるはずはなく、51〜54号車までの4両編成である。

@大雨も上がった(左に置いてあるのが旧いSL)

 4両の車両に吸い込まれたのは30人程度の乗客であり、車内はガラガラである。私の席は進行方向と逆向きであったが、車両の前半分が空いていたのでそちらに移動した(左右どちらに座るか悩んだが、左側に座り、これが大正解であった)。
 10時17分、定刻より2分遅れでナルヴィクを出発した。先ほどまでの大雨が嘘のように、空には青空が広がり始めている。
 まだノルウェー国内であるが、列車は所属・運行はスウェーデンである。女性の車掌が検札に来て、私の切符を見て英語で「ボーデンで乗り換え」と教えてくれた。

@美しい海

 列車はゆっくりとしたスピードで勾配を登り続け、最初の駅であるStraumsnesには10時29分に到着した。しかし駅周辺には何もなく(いわゆる「秘境駅」のよう)、当然誰も乗降せずに10時33分に出発した。
 次のRombakには10時43分頃にゆっくりと接近し、なんと徐行したまま通過してしまった。もとより、駅周辺には民家らしきものは皆無であるしホーム上にも人はいないから、これでいいのであろう。
 いつの間にかかなりの標高まで上がってきており、左手にはフィヨルドが大きく切れ込んだ谷が沿い続けている。残念ながらまた曇ってきてしまったが、眺めは壮大である。

@峡谷がしばらく続く

 次の駅であるKatteratには10時55分頃にゆっくりと接近し、やはりそのまま徐行で通過していった(時刻表によれば10時54分出発であるから、ほぼ定刻である)。
 勾配がきついのであろうか、列車はおそらく30キロ以下の速度で走り続けている。レールも「継ぎ目がある」ものでカタコトと音がしており、いかにもローカル線という雰囲気である。
 Bjornfjellには11時08分に近づき、やっとここで停車したが、乗客の乗り降りはない(なのでドアも開かない)。結局、ここでの停車は貨物列車との行き違いが理由であった。
 周囲は岩の多い平原であり、所々に小さな家が「点在」している(理由は不明だが、集落を形成していない)。その生活形態と収入源が気になるところである。

@戸建ての一例

 同駅を11時15分に出発し、しばらくするとトンネルに入った。
 そろそろ国境を超えるのであるが、トンネル内で両国の国旗のイメージカラー(ノルウェー:赤、スウェーデン:黄)がしばらく壁に書いてある部分があり、恐らくそこが国境だったのであろう。
 国境越えといえば、国によって差はあるが検問等が厳しいものである。カナダから米国の入国では根掘り葉掘り質問された経験があるし、元は同じ国であった時期もあるマレーシアとシンガポールでも入国審査はある。国情が安定していなければ、何時間もかかるような場所もあるだろう。
 しかしノルウェーからスウェーデンの入国は、何のチェックもなく、隣村にでも行く程度の感覚である(そもそも、空港到着時に入国審査がなかった)。なので、スウェーデンに来たという実感はほぼ皆無である。

@相変わらず空いている車内

 スウェーデン国内に入ると、列車は真面目に(?)各駅に停まっていった。11時40分頃になると左手に湖が見え始め、それらを眺めていると、11時50分にBjorklidenに到着した。
 ここで十数人のハイキング(登山?)客が私の車両にも乗車してきて、やっと車内は賑わってきた。空も、だんだんと晴れてきている。

@今日の天気は慌ただしい

 次の停車駅であるアビスコ(Abisko turiststn)でも多くの登山客が乗ってきて、車内はかなりの乗車率(7割程度)になっていった。
 同駅を定刻より8分遅れの12時08分に出発。ナルヴィク出発後はちんたら走っていた列車であるが、路盤も良くなったためか、恐らく120キロ程度で快走している。かなりのスピードで、とても午前中と同じ車両に乗っているとは思えない。
 左手にはトーネ湖が沿い続け、その向こうには山々が続いている。車内の登山客たちは、あのようなところを歩いてきたのであろうか。

@ハイキング日和

 湖が終わるとしばらく平原の中を走り続け、右手に巨大なキルナ鉱山と数多の貨車が見え始め、13時15分に定刻より7分早着でキルナに到着した。同駅出発予定時刻は13時40分であるため、ここでしばしの休憩となる。
 駅の目の前に巨大な鉱山の施設があるが、それ以外は何もない所である。駅舎はレンガ造りの旧い建物であり、その手前にはよくわからないモニュメントもある。

@鉄で働く人々?

 ホーム上で体をほぐしていると、それまで牽引してきた機関車が外されているのが見えた。何らかの理由で機関車を替えるのかと思ったが、そうではなく、そのままその機関車が列車の反対側に移動して付けられている。要するに、この駅でスイッチバックをして進行方向が変わるのである。
 そうとわかれば、まずは車内に戻って席上に置いてあった衣類などを本来の座席(ナルヴィク出発時は進行方向と逆であったが、今となっては「ちゃんとした向き」の席)に戻して確保しておいた。
 同駅を定刻の13時40分に出発し、今度は左手に鉱山を見ながら走っていく。列車は左へ左へと曲がり、鉱山の中へと入っていった。

@殺風景ですが

 鉱山を抜けきると、列車は草原の中を走り続けた。北海道の道東の景色をさらに大規模にしたようなものであり見応えはあるが、ノルウェー国内ほどの「景色の大きな変化」はない。うっかりすると、居眠りをしてしまいそうになる。
 キルナまでは先頭車両であったがその後は最後尾になったため、時折最後部へ行って平原の景色を眺めたりした。

@人工物少なし

 久々に人家が見え、イエリバーレには定刻から28分遅れの15時24分に到着した。路盤工事をしているらしく、所々で徐行したのが影響したのであろう。ボーデンでの乗り換え時間が15分しかないので気がかりであるが、北欧人の真面目気質ならきちんと接続を取ってくれるであろう(ノルウェーでもそうであった)。
 それ以降は、Nattavaaraで23分遅れ、Mujrekで20分遅れと挽回していった。車内は満席近くになり、私の隣りにも大きなお姉さんが座った。ナルヴィク出発時の閑散具合など、昔話のようである。
 結局、ボーデン到着は定刻からたった3分遅れの17時17分であった。乗り継ぎ時間は12分あり、これなら編成を確認したりする時間も充分にある。

@無事到着

 しかし、向かいのホームに停まっていたヨーテボリ行の列車は、思っていたより長大な編成である。急ぎ足で確認してみると、後ろから6人用コンパートメント×4両、座席車×1両、食堂車×1両、座席車×1両、3人用コンパートメント×5両、2人用コンパートメント(シャワー付)×1両の、合計13両であった。
 さて、私が押さえているのは、最前部のシャワー付2人用コンパートメントで、これを今日は1人で使用することにしている。シャワー付個室寝台など、まだ国内でも経験していない(高くて買う気になれないだけであるが)。今回はナルヴィクからの乗り継ぎを含めて、ストックホルムまで約2万3,000円。物価高の北欧であるが、食糧と比較すると移動手段は日本とそれほど変わらない(ただしこれは3か月前に買ったためであり、直前の購入であるとかなり高くなる)。

@今日の寝床(各部屋が広いため、窓の間隔が他の車両より大きい)

 先頭の機関車の写真を撮ってから、さっそく車内に入ってみる。かなり広く、ベッドもゆったりとしている。その向かいにはドアがあり、その中は狭いながらも洗面所とシャワーとトイレが備え付けられている。一部屋でそれなりの面積を有しているため、1両に10部屋しか設置されていない。
 さて、まずやるべきことは軽くシャワーを浴びて洗濯をすることである(せっかく豪華車両に乗車しているのに貧乏たらしいが)。しかし貧乏旅行の基本は、下着類は今着ている物+もう一式を持ち、泊まるごとに片方を洗濯するのが定番なのである。

@なかなか快適

 列車は、定刻より1分遅れの17時30分に出発した。辺りの景色は相変わらず道東的な感じであり、小さな湖が右に左に現れては消えていく。

@北欧的湖

 このような景色を見ていると早速一杯やりたくなってしまうが、陽の明るいうちはなるべく景色を見ておきたいので(かといって日の暮れるのを待っていると深夜になってしまうため)、少なくともVindeln(20時18分発)くらいまでは我慢することにした。
 しばらく景色を眺めてから、他の車両にも少しだけ探検に行ってみた。隣りの車両からはしばらく3人用コンパートメント(これも1人での使用は可能である)が続くが、個人用シャワーはないものの各車両に1つはシャワーがあるようである。
 自室へ戻り、再び景色を眺め続ける。ベッドは進行方向に向いた側に座れる部屋であり、西日もドア側なので、外を眺めるには最適な条件がそろっている。

@酔って寝るにはまだもったいない

 列車は、各駅でほぼ定刻に近い時刻で走り続けている。Vindelnも過ぎたので、そろそろ始めることにした。
 さて、今日の晩餐であるが、@ボーデンでは乗り換えする時間しかない、A食堂車は値段的にハードルが高い、Bナルヴィク出発は午前中であり、しかも日曜日だからほとんどの商店は閉まっている、ということで、昨日のうちにナルヴィクで仕入れておいたものである。日持ちすることが前提であるため缶詰などが中心となってしまったが、つまみ(景色)がいつもとは違うので、これで充分である。

@後方左手は寝台に置いてあった無料の水(ビールはこれだけのはずはなく、あと2本あり)

 21時03分、定刻より15分も早くウメオーに到着した。新しい駅で、駅周辺は人家もそれなりにありコンビニやファストフードの店もある。近郊列車も走っているようで、それらが他のホームで発着している。
 同駅は21時18分発の予定であったが、他の近郊列車が発着するだけでこちらは一向に動こうとしない。結局、21時40分になってやっと動き出した。

■2013.7.8
 目が覚めると、今日も晴れている。首都に近づいているためか、やはり家々がそれなりに多い感じがする。

@暗い時間帯を見ていないと感覚がずれてくる

 近郊列車用の小さな駅も増えてきて、ほんの一部分であるが複線になっているところも見られた。
 5時43分にウプサラに到着し、同駅を5時46分に出発してからはさらに人家が増えたような感じがする(それでも、日本国内の沿線風景に比べれば長閑な景色であるが)。
 午前6時頃に、枕元にあった目覚ましのようなものが鳴り出した。自分でセットした記憶はない(そもそも説明書きがスウェーデン語なので読めない)が、恐らく各部屋の下車駅に合わせて適当な時刻に鳴るようにセットしてくれているのであろう。
 次第にビルが多くなり、定刻よりたった1分遅れの6時31分、ストックホルムに到着した。あくまでも途中駅であるが、かなりの人数が各車両から下車している。

@お疲れさまでした

 さて、飛行機は明日早朝の便である。その気になれば鐡旅を続けて今日中にデンマーク往復くらいなら可能であるが、初ストックホルムであるので、午前中は普通に観光することにしている。
 地図を片手に、市庁舎やガムラ・スタン内の王宮や教会、様々な街並みをあれこれと見て回った。すばらしい晴天であり、おのぼりさん的な観光ではあるが充実した時間を過ごすことが出来た。

@どの写真を載せるか悩んだ挙句、このページらしくあえて「鐡」の写真を

 駅に戻ってからは、この旅恒例となった「夜用のビールの入手」である。スウェーデンはさらに規制が厳しいのか、スーパーにあるビールはアルコールが3.5%までしかない。仕方がないので、それらを昨日までの3割増しの量で買っておいた(おかげでバックパックはかなり重くなってしまった)。
 午後は、ダーラナ地方のムーラに行く予定で、すでに切符は手配済みである。11時半頃にホームへ行ってみると、すでに列車は入線していた。機関車を先頭に、2等車×3両、売店(一部2等車)1両、2等車×1両、1等車×1両の6両編成である。

@最後尾の1等車

 せっかくなので往復とも1等を押さえてあるが(払い戻し不可の切符で早期に買っておけば、2等よりも安いくらいなので)、またしても進行方向と逆向きの席であった。今日は混んでいるので、しばらくはその席で我慢するしかない。
 定刻の11時45分に、列車はストックホルムを出発した。ウプサラまでは先ほど乗っていた寝台列車と同じ路線を走り、その先は分岐してダーラナ地方へと向かって行く。
 12時25分にウプサラを過ぎてしばらくすると、辺りには菜の花のような大量の黄色い花が続き始めた。これまではどちらかというと単調な景色が多かったが、急に変化に富んできた。

@菜の花かどうかは不明

 反対向きに座っていたこともあってかしばらくウトウトとしてしまい、気づくとHedemoraであった。同駅を出発後は車内も空いてきたので他の席(進行方向に向いた席)に移動し、終点のムーラには定刻から7分遅れの15時32分に到着した。
 さて、ムーラで見るべきものと言えば、@シリアン湖、A教会(木造教会を含む)、B大きなダーラヘスト(木工芸品)などである。鉄道好きの方には、CSL(Bの東方50メートルくらいのところにあり)もおすすめである。
 シリアン湖以外は隣駅のムーラストランド駅に近いのであるが、この駅は小さい駅であるしここへ行く列車も数少ないので、ムーラ駅から歩いて行く必要がある(せいぜい20分程度であるが)。

@ムーラストランド駅の南にある巨大なダーラヘスト

 その後は、賑やかな商店街を歩いたりその先にある教会を見たりして時間を潰した。湖もありレジャー施設(ボートなど)もあるので、家族連れで賑わっている。
 ムーラ駅へ戻ってからは、16時41分発の列車でストックホルム方面へ戻り、空港最寄駅であるアーランダで下車した。これで、長かった北欧での鐡旅も終了である。

@アーランダ駅から空港へ行くためには、別の料金(75クローネ)が必要である(スウェーデン国鉄のサイトで切符をネット予約決済すると、事前にその料金も含まれる。よって、その切符を見せれば空港に入ることができる)

 さて、この手の旅行記を読まれる方は、乗り物に関してそれなりに興味を持っているであろう。よって、最終日に宿泊したホテルについても簡単に著しておきたい。
 翌朝6時30分の便に乗らなければならないため、空港内のホテルを探し、まず候補となったのが「ジャンボ・ステイ」というホテルである。その名の通り、旧いジャンボジェット機をそのまま宿泊施設にしているのである。
 アーランダ駅を降り、ターミナルから14番の無料巡回バスに乗車した(事前にネットで調べておいた)。バスに乗りしばらくすると大きなジャンボジェット機が見えてきたが、なぜかそこは通過してしまった。後で気づいたのだが、降りる際は降車ボタンを押さないといけないとのことである。
 バスはその先の駐車場まで行ってしまったので、そこで降りて歩いて戻ってホテルへと向かった。

@やっと到着

 受付でチェックインをし、機内(?)へと入る。私の部屋は機体中部であり、二段ベッドのツインである。事前予約決済で約1万1,500円ほどし、それでいてビジネスホテルの1/3くらいの広さであるから(しかもトイレとシャワーは共同)、普通の旅行者にとっては満ち足りないであろうが、乗り物好きにとっては別問題であろう。
 早速シャワーを浴びてからは、ストックホルム市内で調達した食料やビールで夕食を始め、最後の晩餐をした。今回の旅に別名を付けるのであれば、「北欧:ぬるいビールを飲む旅」とも言える。

@マニア向け

 

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