【大人鐡K】JR四国「時代の夜明けのものがたり」「伊予灘ものがたり」編

■はじめに
 JR四国の観光列車についてはすでに「四国まんなか千年ものがたり」については第4回目の「大人鐡」で乗車済みであるため、今回は残り2つの「ものがたり」シリーズに乗ることにしている。
 「伊予灘ものがたり」はすでに老舗の雰囲気を醸し出しているが、もう一方の「時代の夜明けのものがたり」は、今年の4月18日にデビューする予定であった。しかし、コロナ禍によって延期され、7月4日にやっと運行を開始したものである(「時代の〜」の正式名称には冒頭に「土佐志国」が付くが、長いので以降は省略)。
 巷は四連休である。各社ともコロナ禍の中で旅行客を惹きつけるための新たな切符を売り出しており、先月もJR九州の「みんなの九州きっぷ」を利用した旅行をしたばかりである。JR四国も負けておらず、「四国満喫きっぷスペシャル」という切符を売り出してきた。自由席ではあるが特急に3日間も乗り放題であり、しかも料金はたったの8,500円(JR四国の窓口で買えばさらに安い8,000円)という、JR九州以上のお得感満載の格安切符である。
 さて、問題は観光列車の指定券の確保である。四連休ということで、発売当日にみどりの窓口(移動途中であったため新山口駅の窓口)に行ってみたが、「伊予灘ものがたり」の「双海編」(お昼の便)はなんともう売り切れであった(時刻はまだ10時05分頃であり、売り出し直後である。恐らく、ツアー会社に押さえられているのであろう)。そこで作戦を変更し、同じ日の「時代の夜明けのものがたり」の「立志の抄」(下り列車)の空席を確認してもらうと、なんとたったの1席だけあるという。座席番号を確認したら、カウンター席(一人でも気楽に座れる)であったので、慌ててそれを購入した。
 翌日、これまた移動途中の柳井駅の遠隔窓口で「伊予灘ものがたり」の残席を確認してもらったところ、「双海編」は売り切れであったが、「大洲編」(朝の便)はまだまだ空いていたので、カウンター席を押さえてもらった。観光列車では昼の便の方が豪華な食事であるが(もちろん料金も高いが)、たまには朝食の便に乗ってみるのもいいであろう。
 後日、これまた移動途中の広島駅で、両列車の食事券を購入した(「立志の抄」が5,000円、「大洲編」が2,600円)。これで準備万端である。

 満喫きっぷスペシャルは3日間有効であるため、初日は高松空港へ移動+琴電を使って観光地再訪の旅、2日目から件の切符で「時代の夜明けのものがたり」乗車、3日目に「伊予灘ものがたり」に乗車して、4日目も乗り放題であることを活用して、土佐久礼などで観光をして徳島空港から帰ってくる旅程にした(註:後半は旅行中に変更した)。

@安和駅にて

■2020.9.19
 往復の飛行機については、ずいぶん前(移動制限が解除された6月末)に特典航空券で予約済みである。8時半頃に羽田空港に到着したが、連休ということもあり、空港全体がここ最近では久々の「超密」状態であった(しかも大騒ぎしている家族連れなどが多数。来週あたりに感染者数が増加する予感…)。
 ほぼ満席の便で高松へ。今日もあれこれ移動するが、「大人鐡」としては前菜であるため、簡単に紹介するだけにしたい。
 まずは空港連絡バスに乗り、「空港通り一宮」バス停で下車。というのも、今日は琴電の一日乗車券を利用するため、ここから歩いて仏生山駅を利用する方がお得なのである。

@仏生山駅横に係留されている変な車両

 窓口で一日乗車券を買い、12時26分の高松築港行に乗り込んだ。
 今日は長尾線と志度線に乗り、終着駅付近にあるお寺(お遍路は完了済みであるため、いずれも訪問済み)に行くことにしている。よって本来は瓦町で乗り換えであるが、そのまま高松築港まで乗り通した。というのも、来月乗車するJR西日本の「花嫁のれん」の指定席を取るためにJR高松駅に行くためである。
 無事に指定券(カウンター席)を確保。ふと見ると駅前にうどん屋があったので、つい入ってしまった。

@香川ですから

 その後は、上述した通り2つの路線と2つのお寺を再訪。観光を終えてからは、瓦町駅付近にある安ホテルに投宿した。

■2020.9.20
 さて、今日は「時代の夜明けのものがたり」に乗車する日である。件の列車は昼過ぎに高知駅を出発するため、まずは土讃線でひたすら南下し、空き時間で安芸観光(おやじギャグではない)の予定である。
 5時半頃にホテルを出て、20分ほど歩いて高松駅に向かった。乗るべき列車は、6時04分発の中村行「しまんと1号」である。

@今日はこれで始まる

 進行方向右側で柱との相性の良い窓側の席を押さえるために出発の15分も前にやってきたが、意外に同じ考えの人が多く、最後の1席であった。
 定刻に出発。坂出で8割ほど席が埋まり、多度津以降は満席となった。例の切符を持っている人が多いようである(車掌も「どちらまで行かれますか」と行先を確認している)。
 土讃線は、スイッチバック駅や峡谷、橋の上にある駅など見所が多いが、今回のテーマではないので詳述は省略。8時18分に高知に到着した。
 昼までまだまだ時間があるため、そのまま土佐くろしお鉄道の車両に乗り込み、後免まで戻った。

@続いてはこれで

 後免から土佐くろしお鉄道に乗り入れる。その気になれば終着の奈半利まで行けるが、もう何度も乗っている路線であるため、今日は安芸で降りて駅付近を散策してから戻ることにしている。
 この時にふと思い出したのが、先ほどの特急の混雑である(デッキに立つ人もいた)。実は、翌日に「伊予灘ものががたり」に乗車した後は、特急を乗り継いで土佐山田まで行き、JRバスで美良布まで往復してから高知に行って宿泊、その翌日は特急で土佐久礼まで行き、プチ観光後は特急を乗り継いで徳島まで行く旅程(要するに、特急に乗ってばっかりの旅程。しかも、乗り換え時間が3分や10分であり、途中駅からの乗車も多い)にしていた。しかし、あれほど混んでいたのでは、のんびり車窓を眺めるどころではない(下手をすると座れない可能性もある)。
 ということで、小銭程度のキャンセル料を払って高知のホテルを取り消して、翌日の午後は「伊予鉄乗り潰し」をして松山に宿泊することに。最終日は、余裕をもってしっかり並んで自由席を確保しつつ徳島へ向かうこととした。

@駅にて一人で作戦会議

 新たなホテル予約等を済ませてから10時13分発の列車に乗り込み、高知へ戻った。11時25分到着。
 少し間があったので駅付近の観光施設や土産物店を見て回ってから11時45分過ぎにホームに上がってみると、「時代の夜明けのものがたり」はもうすでに入線していた。

@こちらは1号車(私の席は2号車)

 切符を見せて手指消毒と検温を済ませてから、車内に入る。2号車は白を基調とした明るい車内である。私が座るのはカウンター席であるが、机の奥行はないものの、座席の幅は広く、回転もできるため反対側の景色も見やすくなっている。新しい改造車両であるため、各席にコンセントがあり、小さな液晶画面(先頭からの車窓などが投影される)も設置されている。

@こんな机と席

 銅鑼が鳴らされ、定刻の12時04分に出発した。高知城を左手に過ぎ、河川を鉄橋で渡っていく。いつもとの違いは「観光アナウンス」があるため、それらの説明を聞ける点である。
 12時17分に朝倉に到着して、ここで12分の停車である(観光列車にありがちな、対向列車との行き違いや時間調整のための「運転停車」)。暇を埋め合わせるために、大学生がホームで待ち構えて案内をしてくれている。

@こういう写真はモザイク不要でしょう

 ほどなくして配膳されたのが、予約していた皿鉢風(註:皿鉢料理ではない)のランチである。「風」とあるように、実はすべて洋風である。「どうせ高知なんだから皿鉢料理にしてしまえばいいのに」とも思うが、あえて洋風にしているのが工夫どころなのであろう。
(偶然なのかどうかは知らないが、往路(早い便)は洋風料理、復路(遅い便)は和風料理という観光列車が多い気がする。「ながら」「雪月花」はもちろん、今回もそうである)

@豪華です(この後フォカッチャも追加された)

 さて、こんな料理があればアルコールが当然必要である。カウンターへ行き、まずは地ビールを注文した。
(コップの下にあるコースターは地元の和紙。それ以外にも、箸置きなども地元産の製品で統一されている)

@うまし

 皿鉢風の各料理をつまみつつ、地ビールを美味しく頂く。あっという間になくなってしまったので、12時35分に到着した伊野でもまた14分も停車するため、カウンターに行って日本酒(呑み比べセット)を追加購入した。これは乗車前から狙っていたものであり、その理由は器である。高級な磁器などではなくてプラスチックのカップであるが、それを支えているのがこの観光列車を模した紙工作なのである。

@窓枠にも置きやすい

 伊野を12時49分に出発。後は景色を適当に見ながらアナウンスに身を任せて、料理と酒を頂くだけである。
 これも「観光列車あるある」であるが、今回も沿線からのお見送りが多数である。施設や個人宅はもちろんのこと、通りすがりの人まで数多である。

@田んぼからも

 料理が終わるとコーヒーが提供されて、一連のセットは終了である。観光アナウンスはあれこれ続いているが、ビニールハウス内で栽培されているのが「みょうが」であることは初耳であった。もう何度も乗っている路線であるが、そういう意識でこの景色を見たことはなかった。この手の初情報も「観光列車あるある」である。
 13時53分頃、安和の手前で海が大きく広がった。

@ちょっと曇りですが

 13時54分、安和に到着した。海側に沿うようにある駅である(表紙写真)。小さな売店も出されており、たくさんの地元の人が待ち受けてくれていた。
 同駅を14時05分に出発して、次の停車は土佐久礼(14時13分着)であり、乗降扱いもされる。ここでふと思い出したのが、午前中に行った旅程変更である。本来は最終日に土佐久礼に再訪する予定であったが、混雑する特急を回避するためそれを削除してしまっている。
 実はこの後は宇和島方面に行くのだが、窪川で2時間近くも時間が余っており、何の目的もなく土佐入野まで往復することにしていた。そこで土佐久礼の時刻表を確認すると、ここで下車すれば2時間以上の観光をしても窪川で宇和島行に接続するようである。ということで、慌てて荷物をまとめて土佐久礼で飛び降りた。

@予定より先に降りる

 久々の土佐久礼観光である。カツオのたたきなどで有名な小さな市場はもちろんのこと、海や神社や酒蔵など、一通り徒歩観光をした。

@どの写真にするか悩んで、あえてこれに

 しかし、小さな町であるので、スーパーまで行って時間を潰しても小一時間で充分である。15時過ぎに駅に戻ると、戻りの「時代の〜」の乗客対応をするための売店が準備中であった(往路は停車時間が短いため売店はない)。ということで、予定外にその様子を確かめることができた。
 ホームに向かうと、「どうぞどうぞ」と言われて歓迎用の小旗を渡されてしまった。観光列車に乗っていて歓待されるのは何度も経験しているが、歓迎する側は初めてである。

@予想外の行動になってきた(入線してきた)

 地元民に交じって、乗客をお出迎えである。ちらほらと見覚えのある顔もあり、要するに往復とも乗っている人が結構いるということである。また、ツアーのシールを胸に貼っている人も散見された。
 乗客が売店に群がる様子を見守り、その後は出発していく様子を動画を取りつつ旗を振りつつ見送った(忙しい)。

@出発時の「銅鑼」はこんな様子

 地元民になりすまし(?)て見送っても、私が乗る予定の特急の出発までまだ1時間弱もある。ということで、町中をもう一周してから駅に戻ってきた。
 16時35分の特急「あしずり」に乗り、窪川到着は16時50分。9分の乗り継ぎで宇和島行に乗り換えた。
 今回の車両は、河童のフィギアなどをテーマにした「かっぱうようよ」号である。前回乗車時は新幹線もどきであったので、違う車両に乗ることができた。

@良い巡り会わせ

 16時59分に窪川を出発。車内には15人程度の乗客がいるが、地元民らしき風采の人は2人くらいで、残りは私と同業者のようであった。
 18時半を過ぎると車窓も見えなくなり、19時15分に宇和島に到着した。駅前のホテルに投宿。

■2020.9.21
 さて、今日は「伊予灘ものがたり」に乗るために、まずは松山まで移動しなければならない。特急の混雑が心配であると書いたが、今日に関しては始発駅で乗れることと、この「宇和海4号」は平日の通勤・通学対応で5両もあるため、予想通りガラガラであった。

@そして今日は休日

 定刻の6時35分に宇和島を出発。振り子式電車は曲がりくねる路盤を快走し、内子線をショートカットして、松山には8時01分に到着した(言うまでもないが、早くなったものである。内子線が盲腸線であった時代を知る身としては、しみじみとそう思う)。
 しばし駅付近をふらついてから再度ホームに戻り、1番線で待っていると、8時16分頃に「伊予灘ものがたり」が入線してきた。

@もうベテランの域?

 検温と手指消毒をして、車内に入る。私の席は2号車「黄金の章」のカウンター席である。動かない座席であるが、「四国まんなか千年ものがたり」と同様の形で、ゆったり感は充分である。しかもカウンター席は海側であるため、撮影にも最適である。

@今日の席(一番手前)

 駅員などに見送られつつ、定刻の8時26分に松山を出発した。
 今日もご多分に漏れず、沿線のアナウンスがあれこれ行われている。それを聞いていると、食事を申し込んでいる人のテーブルへの配膳が始まった。メニューと箸が置かれ、ポタージュが添えられた。

@メインが来る前に、中央に寄せて撮影してみる

 続いてやってきたのが、朝食のプレートである。細々とした説明は控えるが、まぁお洒落な感じである。私のプライベートの朝食ではありえないが(そもそも、朝食は食べない派)、女性受けすること間違いなしである。

@シャレオツ(死語)

 いつもならば「では地ビールでも追加注文を」となるが、時間も時間であるし、食事内容も内容であるため、自粛である。
 美味しくいただいているうちに、あっという間になくなってしまった。食事後半にコーヒーが配膳されて、終了である。
 食事が終わるのを待っていたかのように、伊予灘の海が目の前に広がり始めた。

@超快晴

 今日も、沿線住民のお見送りが多数である。「下をのぞき込んでください」とアナウンスがあったので見てみると、ゲートボール場からのお見送りであった。
 しばらくして、最近殊に有名になってきた下灘に到着した。ここで停車時間があるため、乗客も降りることが可能である。皆さん、様々な場所から写真を撮影している。

@私もこんな角度で撮ってみる

 下灘を9時26分に出発。伊予大洲到着までまだ1時間もあるが、テーブル上の飲食物はゼロであるので、これからは車窓だけが頼りである。
 あれこれ観光アナウンスがあったが、今日も初耳情報があった。串駅を過ぎてすぐの鉄橋から見下ろす海岸や、喜多灘駅にある市境などである。

@なるほど

 伊予長浜からは海を離れ、川沿いの景色となる。ここでも、各所で地元住民のお見送りがあった。施設から、個人宅から、道端から、などなどである。特に、五郎駅付近(五郎駅での狸に扮した人々を含む)が多かった。
 お土産(ハンドジェル)と大洲で使えるクーポン券が配布されて、10時27分に伊予大洲に到着した。これで観光列車の旅は終了である。

 さて、本来の旅程ではここから特急の乗り継ぎで高知まで行くことにしていたが、予定変更で「伊予鉄乗り潰し」にしている。乗車距離は大幅に減るが、1日当たりたったの約2,800円の切符であるから、元はもう充分に取っているだろう。
 10時40分の特急「宇和海」に乗り、伊予市で下車して目の前にある郡中港駅で1日券(1,800円)を購入してから伊予鉄に乗り込んだ。

@乗り潰し開始

 なお「乗り潰し」と言っても、伊予鉄自体は何度も乗車しており、未乗車であるのは横河原線の末端(愛大医学部南口駅−横河原)だけである(大昔に仕事で愛媛大学医学部に行った際、乗り残したもの)。しかし、そこだけ乗るのでは面白くないので、まずは郡中港から松山市に行き、そこで横河原行に乗り換え(未乗区間制覇)、折り返しでそのまま高浜まで行き、さらに折り返して梅津寺で途中下車をしてから、松山市駅に戻ってそこにある観覧車に乗り(一日券があると無料で乗れる)、バスで石手寺へ行き、道後温泉をふらふら歩いてから安ホテルに向かうと、ちょうど18時頃であった。

@途中の写真例(坊ちゃん列車)

■2020.9.22
 今日はただ単に帰るだけであり、この旅行記(観光列車がメイン)としては蛇足の部分であるから、詳述する必要はないであろう。
 旅程を練りながら検索・変更をしつつ移動し続けたが、結果的には、6時13分の特急「いしづち」で松山から丸亀まで移動し、城付近を散策してから特急「南風」で阿波池田へ移動し、特急「剣山」で穴吹まで行って「うだつのある街並み」まで歩き、各駅停車を乗り継いで鳴門線の金比羅前駅まで移動し、それでも時間が余っていたので、1時間半ほどかけて歩いて徳島空港まで行ったのであった。

@途中の写真例(丸亀城)

 

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