petit-tetu】つげ義春『やなぎ屋主人』の舞台を歩く
(「プチ鐡」では、写真を中心に簡易報告的に著します)

■はじめに
 つげ義春の『やなぎ屋主人』は、1970年に発表された作品である。厭世的な青年が新宿のヌードスタジオを飛び出し、気の向くままに房総に旅をする内容となっている(これだけの説明では意味不明になってしまうので、原作を読むか、ネットであらすじを確認するなどしてください)。
 舞台となっている“N浦”とは、内房線の長浦のことである。作中の主人公は、長浦で一泊してから房総を一周し、その1年後にまた長浦を再訪する。主人公が最初に訪れた季節は「四月頃」となっているため、それをなぞらえてみることにした。

@長浦駅にて

■2012.4.7
 正確に真似るのであれば、新宿の風俗店にでも行ってから夕刻に房総行の列車に飛び乗るべきだが、前者は論外として、後者についても、現在では新宿発房総行の定期列車は皆無となっている。よって、あまり細かいことは気にせずに、夕方に東京駅地下ホームを出発する房総方面行の列車に乗ることにした。

@「あの唄をきいて ぼくは突然海が見たくなり 新宿から房総行きの列車にとび乗ってしまったのだ」〜現在の車両では、“旅”という雰囲気は出ない

 車両は何の変哲もない通勤列車、沿線も特筆すべきことはない。千葉で乗り換え、まだ明るいうちに長浦に着いた。
 つげ義春は実際に1967年に長浦を訪問し、「やなぎ屋」のモデルとなっている「よろずや」を訪問して宿泊している。当時は、作中の言葉を借りれば「踏み切りを渡ってすぐ」に海があったということであるが、今となっては埋立地と工場群に囲まれており、海岸線は見えない。

@「海さえ見えればどこでもよかった N浦という淋しい駅におりた」〜旅行者などは皆無

 「よろずや」は長浦駅前に実在しており、実際に訪問した人がネットに記事を載せたりしている。私も行ってみる予定であったが、去年か一昨年くらいから営業を停止しているという記事を目にしていた。実際に行ってみると、外装が少し新しくされたようで、食堂の暖簾は掛かっていなかった。よろずやでカツ丼(主人公が再訪した際に注文する)を食べる、という大きな目的ができなくなってしまったが、営業していないのでは仕様がないだろう。
 今日の宿は、長浦駅から徒歩5分程度のところを押さえてある。自宅からこれだけ近いところに泊まるのは初めてであるが、実は宿泊予約サイトの無料ポイントがあり、それを利用してタダで泊まることになっている。しかも2食付で、夕食はカツカレーであった。よろずやのカツ丼は不可能になってしまったが、その代替としては最適である。

@カツのみ再現

■2012.4.8
 今日の予定は、主人公の「翌朝早くにやなぎ屋を出て そのままあてもなく房総を一周して 東京に帰ってきた」を再現することである。
 長浦駅で青春18きっぷの残り1日分に日付を押してもらい、7時26分発の館山行に乗り込む。しばらくすると右手に海も見え始めたりし、やっと「房総らしく」なってきた。

@長閑に行き違い

 館山で乗り換え、終着の安房鴨川でさらに乗り換える。車両は最新の特急列車だが、途中の勝浦までは普通列車として運転されるため、勝浦まで乗り、そこで11分の乗り継ぎ時間で普通列車に乗り換え、大原には10時34分に着いた。
 「あてもなく房総を一周」であるからどこで降りてもいいのだが、あえて大原で降りたのは、この地もつげ義春にとって縁の深い土地だからである。実生活でも幼少期を大原で過ごしており、代表作『海辺の情景』においても大原のことが描かれている。
 取り急ぎ歩いて海へと向かい、八幡岬へと行く。主人公たちが出会った海水浴場は漁港の拡張によりなくなってしまったようだが、岬はそのまま残っている。

@「ここ すごいところね」「うん……」

 駅へと戻り、近くの菓子店でトマトのアイス(ジェラート)を買って頂く。JRの駅の隣りには「いすみ鉄道」の駅もあり、菜の花の季節のせいもあってか、観光客でごった返していた。
 11時43分発の千葉行に乗り、12時41分の蘇我で降りる。ここでいったんリセットし、設定を1年後、主人公が長浦を再訪する場面に切り替える。
 12時46分発の列車に乗り、長浦着は13時06分。本来なら、ここでよろず屋に行ってカツ丼を注文する予定であったが、シャッターは閉まったままである。することもなく、駅近くにある踏切や河川を写真に収めたりした。

@以前はこの辺りが海岸線だったはず

 さて、作品をなぞらえるのであれば、これからすべきことは「漁村を歩く」「行商人から蛤を買う」「砂浜でたき火をして蛤を焼く」「それを野良猫と一緒に食べる」「『網走番外地』を口走りながら、猫の足裏を瞼に当てる」などである。一所懸命に探せば野良猫程度はいるかもしれないが、それ以外はいずれも不可能な時代となっている。
 よって、乗り放題の切符を有効利用するため、久留里線を訪問して久留里城などを観光してから東京へと戻った。

@旧い車両が走っていた

 

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