アイルランド・毎日黒ビールを飲む旅

■はじめに
 今回の目的地は、アイルランド(+英国の北部アイルランド)である。海外へ行くとなるとあれこれ懸念事項(治安や物価、切符手配の難しさ等々)があるが、アイルランドのような国は、治安は悪くないし英語も通じるし、宿泊等もすべてネットでできるし、この季節は日も長いし、また旅行に関する情報の入手にも困らないので、「何があるかわからない」という意味での意外性は期待できないが、気楽に訪問することができるのはやはり心強いものである。

【旅程】
・1日目:羽田からヒースロー経由でダブリンへ。(ダブリン泊)
・2日目:インターシティで西へ向かい、マローで乗り換えてトラリーへ。キラーニーで少し散策してから湾岸のコーヴまで南下し、少し戻ってアイルランド第2の都市コークへ。(コーク泊)
・3日目:前日乗車した路線で少し戻り、ローカル線に乗り換えてウォーターフォードへ。北上しながらキルケニーやキルデアで途中下車+散策をし、西へ移動してゴールウェイへ。(ゴールウェイ泊)
・4日目:少し南下してリムリックへ(散策)。その後はダブリンへして移動して、定番の観光スポット巡りなど。(ダブリン泊)
・5日目:北上してベルファストへ。ローカル線でロンドンデリーなどへ行く。(ベルファスト泊)
・最終日:早朝の便でヒースローへ飛び、羽田便に乗継。(翌朝到着)

 アイルランドで唯一「鉄道博物館」らしきものはベルファストにあるアルスター民俗・鉄道博物館なのであるが、よりによって月曜日(=私がベルファストに行く日)が休館日である。今回の旅程は三連休に仕事の事情を勘案して決めたものであり、後になってから気づいたのであるが、これはもう仕様がないだろう。4日目の旅程を変更して鉄道博物館だけを目的にベルファストまで往復することも考えたが、そこまで拘っても仕様がないので、また次の機会(いつ?)ということにした。

@ヒューストン駅にて

■2015.7.16
 羽田からJAL便でヒースローへ。乗り継ぎのダブリン行の出発は約2時間弱遅れ、ダブリン空港に到着したのは20時半を過ぎた頃であった(しかしまだ明るい)。生憎だが、アイルランドらしい雨空である。
 欧州は概して物価の高い国が多いが(特に北欧は悪魔的に高い)、アイルランドは日本より少し高いくらいである(ペットボトルのジュースが150〜200円程度)。市内へ行くバスも6ユーロであり、良心的価格である。窓口で切符を買い、いかにもなアイルランド色をしているいかにもな英国的2階建てバスに乗り込んだ。

@いかにも

 到着遅れ+時差ボケという悪条件が重なったため、どこへも行かずにヒューストン駅近くの予約済みのホテルに投宿し、そのまま就寝。

■2015.7.17
 さて、アイルランドの鐡旅の開始である。昨日の雨は上がったが、空模様は曇っている。しかし、その合間からは青空も垣間見えている。
 6時半過ぎにヒューストン駅へ行き、まずはレイルパスをバリデーションしてもらった。4日間有効のパスであり、今回もファーストクラス用を買ってある。

@旅の嚆矢を担うヒューストン駅

 改札を通り、コーク行が停まっているホームへと向かった。電光掲示板には8両と書かれてあったが、それは先頭の機関車以外の両数のことであり、そして最後尾は電源車(+反対側に進む際の運転席がある)であるため、客車は7両のみである。AからGまでの番号が振られており、後方のA号車がファーストクラスで、その隣りのB号車は半分がカフェ(厨房)となっている。

@初アイルランド

 1両しかないファーストクラスは横三列の座席で、座席自体は少しくたびれた感じであるが、テーブルも広くてスペースの余裕は充分にある。
 欧州の鉄道によくあるパターンで、座席の上に小さな電光掲示があり、そこに何かが表示されている場合は指定席である。意外に指定されているようで、ファーストクラスも半分くらいは表示がされていた。取り急ぎ、表示のない席に陣取った。
 定刻の7時00分ぴったりに、列車は動き出した。

@ファーストの座席

 少し走っただけで市街地はなくなり道東のような景色になるのは、さすがアイルランドといった感じである。雲は流れて晴れ間となり、陽光の下で羊や牛や馬が草を食んでいる。
 しばらくすると、係員がカフェのメニューを配って案内を始めた。これは有償ではあるが、ファーストのみのサービスである。私は普段はこのようなものは利用しないが、せっかくの記念であるので「ミニ・ブレックファースト」(7.99ユーロ)を頼んでみることにした。
 熱々の食事を自席で頂くのは、やはりなかなか優雅である。

@美味

 車内案内は2種類であり、まず最初にゲール語(アイルランド語)、続いて英語の順である。ウェールズ語が英語と全然違っていることに面食らったことがあるが、ゲール語も負けず劣らず英語とはまったく違った言語である。
 7時48分にポートリーシュに到着し、すぐに出発。外の景色は、晴れたり曇ったり雨が降ったりとなかなか忙しい。雲がかなりの速度で流れており、それに伴って天気もあれこれ変化していく。

@曇りの場面

 リムリック・ジャンクションの手前で斜めに交差する変な路盤を通過し(翌日の伏線)、私の乗換駅であるマローには定刻から2分遅れの9時09分に到着した。
 外に出るほどの時間はないためホーム内で待っていると、次に乗るべきトラリー行の4両編成が入線してきた。現代ロテム社製の車両であり、納品されて3年くらいなのでまだまだ新しい。ローカル線であるため、セカンドクラスのみの編成である(アイルランドの場合は、幹線でもファーストクラスがある編成は限られている)。

@これに乗る

 9時23分に出発して長閑な田園風景の中を走り続け、途中駅のキラーニーに到着した。この駅は、どういうわけか本格的なスイッチバック駅である。つまり、日本の十和田南駅のように「ただ単に進行方向が変わる」というのではなく、「本線から分岐して駅に入線し、その後一旦バックして本線に戻り、また本来の向きに戻って進む」という、山岳によくあるスイッチバック駅(例:姨捨駅)なのであるが、キラーニー自体は山でも丘でもない平地にある街であるため、こうなっている理由はまったくもって不明である。

@本線上を走る列車をホーム上から眺める(午後に撮影)

 そのまま乗り続け、終着のトラリーには定刻から5分遅れの11時00分に到着した。
 折り返しの出発まで5分しかないため、ホーム上を少し歩いただけで外には出ずにそのまま車両に乗り込んだ(駅前散策くらいしたいところであるが、2時間に1本しかないため、貴重な散策時間はキラーニーで使用することにしている)。
 11時05分に出発し、スイッチバックをしてキラーニー駅に戻ってきたのは11時40分であった。ここで2時間ほど時間があるため、駅から徒歩圏内にある見どころを歩いて観て回る。

@大聖堂

 駅へと戻り、3分遅れで出発した13時37分発の列車でマローへと向かったが、意外にも車内販売員がいた。日本では10両編成の特急でも採算が取れずに廃止しているというのに、4両編成のローカル線でまだ残っているとは。
 半日ぶりにマローに戻る。コーク行の出発まで30分弱あるが、街中まで歩いて行くほどの時間はない。そこで、午前中にマローに到着した際に駅の少し手前で変な作業用車両が展示してあったのに気付いていたので、それを見に行ってみた。

@変な車両

 15時07分発のコーク行は、7分ほど遅れて入線してきた。ファーストの座席に陣取り、コークまでは約30分の道程である。
 コークに到着しコンコースに出てみると、旧いSLが展示されているではないか。今回は鉄道博物館に行けないためこの手のものは見られないと思っていたが、やはり鉄道発祥の英国(の隣りの国)だけに、こういうものは丁寧に保存してあるようである。

@ミニSL

 しばらく駅前をぶらついて今日の宿泊予定地であるB&Bの場所を確かめたりしてから駅へ戻り、改札を通って16時00分発のコーヴ行を待つ。やって来たのは2両編成で、今回初めて乗るタイプのディーゼルカー(少し古め)であった。

@これに揺られる

 約30分ほど揺られて、港町であるコーヴへ。この町が何で有名かというと、「タイタニック号が沈没前に最後に寄港した町」なのである。
 駅から出てみると、ちょうど大きなクルーズ船が停泊しており、「らしい」感じがする。街中を歩き回り、大聖堂などを見て回ってから駅へと戻った。

@タイタニック号はここから大西洋へ

 コークへ戻り、駅から徒歩1分のところにある番地をそのまま名称にしたB&Bへ。家自体はあちこち傾いており、高齢のおじいさん1人で切り盛りしているようで最初は不安を覚えたが、案内はしっかりしており、清掃や設備も問題なしであった(口コミで事前に確認した通りであった)。
 まだまだ明るいので、1キロほど離れた市街地まで行って徒歩観光をし、スーパーで食材を買い、部屋でそれを食べ酔いどれてから就寝。

■2015.7.18
 ここの朝食は8時からであるが、「8時の列車に乗るので」ということで、7時半にしてもらっている。指定された時刻に降りて行くとすでに席の準備がされており、パンや焼き物などは席に着いてから出来立てのものを出してくれた。なにより、ボリュームが半端ない。

@マグカップが超特大なので小さく見えますが、食パンやベーコン(ロース肉部分)の大きさから想像してみてください

 食事を終えてから駅へ向かい、8時00分発のマロー行に乗り込んだ。マローまではノンストップであり、土曜でもあるため車内は閑散としていた。マロー着は、まさかの4分早着である。
 ここで少し待ち合わせ、しばらくしてやって来たヒューストン行に乗り継いだ。ファーストクラスがあるはずだが、やってきたのは現代ロテム製の車両である。仕方なく、セカンドクラスの適当なところに腰を下ろした(この時点では、このタイプの車両にもファーストがあることを知らなかったのである。詳細は最終日の記述にて)。
 約45分ほど乗車し、リムリック・ジャンクションで下車。これから乗るのもまた現代ロテム製(セカンドクラスのみ)である。

@右側のに乗る

 約30分ほどの時間があり、本来ならば駅周辺でも散歩するのであるが、「ジャンクション」という名の通りここは駅以外にほとんど何もない場所である。よって、おとなしく車内で待ち続けた。
 定刻の9時45分に列車は動き出したが、すぐに信号で止まり、今度は逆走し始めた。というのも、ウォーターフォード方面に行くのであれば駅から南方面へまっすぐ行けばいいのに、わざわざリムリック方面に少しだけ北上し、そこからスイッチバックをして逆走するのである。言葉ではわかりづらいので、少しポンチ絵にしてみたい。

@こういうこと

 私が初日に見かけた「斜めに交差する変な路盤」の上を、今日も走行していく。このようなものを「平面交差」と言い、日本では数少ないが松山市の大手町駅付近などに残されている(拙文「瀬戸内鐡散歩」 http://4travel.jp/travelogue/10760219 参照)。
 斜めに交差している部分を、ガタゴトと言いながら列車は過ぎ去っていった。

@交差部分

 この路線は極端に運転本数が少ない(1日にたったの2往復)のでローカル線と思っていたが、沿線の家屋の数は先ほどまで走っていた複線の幹線よりも多いくらいである(田舎であることには変わりないが)。アイルランドの地図を見て道路と比較してみると、どうやらダブリンからコークへ向かう鉄道は幹線道路とは関係なく敷設されたようで、だから家屋が少なかったのであろう。
 1時間半ほど乗り続け、右手に大きな河口が見え始め、左手に崖が迫ってくると終着のウォーターフォードであった。

@ウォーターフォード駅

 1時間半ほど時間があるため、橋を渡って市街地を適当に観光してからまた駅へと戻ってきた。
 次に乗るべきは、13時05分発のダブリン(ヒューストン)行である。もう何度も乗ってきた現代ロテム製の車両(セカンドクラスのみ)であるが、首都へ向かう列車であるため、3両編成×2の6両であった。
 定刻に出発し、これまでと同じような田舎風景の中を走り続けて行く。にゃんこの絵が描いている駅などもあり、長閑この上ない。

@猫駅と命名

 30分ほど乗車して、スイッチバック駅であるキルケニーで下車した(観光のため)。定番のキルケニー城や大聖堂を見て回り、スーパーで「半額シール」付の食材を買い漁り(いつもと同じパターン)、2時間弱の散策を終えて駅に戻った頃には疲れ果ててしまった。

@キルケニーといえば

 15時30分発のヒューストン行に乗り、何もない乗換駅であるキルデアで下車(本当は駅から徒歩圏内に大聖堂などがあるのだが、そこへ行ってしまうと今日の宿泊地であるゴールウェイ到着が遅くなるため、割愛した次第である)。ダブリン方面からやって来た16時59分発のゴールウェイ行に乗り込んだ。
 しばらく快走していたが、途中のタラモア駅で対向列車がおり、しかも跨線橋には大量の鉄道ファン(というかオタク)がカメラを構えて先頭の機関車の写真を撮っているではないか。日本ではよくある風景だが、まさかアイルランドにもこういう人たちがいるとは知らなかった。その時は何のことかわからなかったが、どうやらこれ(https://www.youtube.com/watch?v=eCCCAfaR35k)のようである。
 外に出て一緒に撮影する時間はないが、すれ違いざまに後部を一枚撮影。

@後ろから

 ぼんやりと景色を眺めているうちに雨空となり、18時50分にゴールウェイに到着した頃には大雨になっていた。アイルランドに到着以降、天候は安定しておらず(そもそも強い偏西風に晒されているので、雲の流や天気の変化が速い)、毎日のように雨に遭っていたが、幸いにも傘は使わずに済んでいた。しかし、今日はさすがに傘のお世話となる。
 急な雨であるためか、多くの人は駅前のショッピングセンターの入口で雨宿りをしていた。

@しかし、なんだかよくわからない祭りは継続中

 値段を基準にして宿を選んでいるため、こういう日に限って駅から徒歩25分くらいのところにあるパブ兼宿泊施設である。大雨の中歩き続け、途中にあるスーパーで酒を仕入れて、宿へと向かった。住宅街の中にある普通のパブで2階が宿泊施設となっており、パブだけ騒がしいが、それ以外は非常に閑静なところであった。半額食材と酒で酔いどれてから就寝。

■2015.7.19
 朝、温度は一桁であり、さすがにTシャツでは寒いので暖房を付ける。7月とはいえ、やはり寒いところである。
 7時過ぎにホテルを出て市内を徒歩散策し、リンチ家の城(集団で暴行を加える「リンチ」の語源になったところ)を見て周ったりした。駅へ行き、これから乗るべきリムリック行に乗り込んだが、これまでまだ乗ったことがない旧いタイプの車両であった。

@旧型

 2両×2の4両編成で、最新型に比べるとエンジン音が少しうるさく、また車内の足元のスペースも少し狭い感じがする。
 8時30分に出発し、旧型ディーゼルカーに揺られること約1時間50分でリムリックに到着した。ここで2時間半ほど時間があるため、いつも通りの徒歩観光である。

@ジョン王の城

 観光後は12時45分のディーゼルカーで南下し、リムリック・ジャンクションへ。昨日から反時計回りでぐるっと回って戻ってきたことになる。
 6分の待ち時間で、次に乗るべき13時17分発のヒューストン行を待つ。やって来たのは、どういうわけか現代ロテム製であった(近郊列車と同じ形状)。何らかの予定でファーストクラスが連結されなくなったのかと思い、普通の席に座ったが、実はこの車両にもファーストがあったのである(先述したように、最終日にその理由が判明する)。
 上記の列車でのヒューストンまでの道のりは、約1時間40分である。

@例の交差をまた撮影(しつこい?)

 14時55分にヒューストンに到着し、そのまま歩いてギネス・ストアハウス(博物館)へ。アイルランドに来てここを外すわけにもいかないし、入場券は高いが最後に1杯試飲できるし、それになにより、実は鐡関係のネタもあるのである。
 アルスター民俗・鉄道博物館に行けないことがわかってから、他に何かないか調べたところ、行き当たったのがここであった。様々な展示物の中に、原材料を運ぶために使用された鉄道も含まれているのである。実物はかなり小さいが、何もないよりはマシである。

@こういう展示

 展望台から市内を眺めつつギネスを試飲した後は、歩いて繁華街を散策(観光)し、その足で西側にあるコノリー駅近くにあるホテルまで行って荷物を置いた。
 さて、時刻は18時少し前である。そこでコノリー駅まで行き、近郊列車に少しだけ乗ってみることにした。というのも、アイルランドに来てから乗車しているのはすべてディーゼルカーであり、まだ電車に乗っていないからである。
 コノリー駅に行ってみると、ブレー方面に行く電車が運悪く出発してしまい、次の列車は20分後であった。諦めようかとも思ったが、せっかくなのでそれを待ち、かといってブレー方面まで行ってしまったのでは戻りが遅くなってしまうので、たったの1駅だけ乗ってみることにした(川を渡り、次のタラ・ストリートで降りてしまう)。
 時間にして2分程度、あっという間の出来事である。

@これに乗った

 毎日同じなのでもう書くまでもないが、スーパーの安食材とビールで一日を締め括ってから就寝。

■2015.7.20
 7時前にホテルを出て、コノリー駅へ。ベルファスト行がすでに入線しているホームへ行ってみると、そこで待っていたのは現代ロテム製の車両ではないか。「今日もファーストがないのか」と思ったが、よくよく見てみると最後尾だけ少し違っている。入口にいた女性の車掌にレイルパスを確認されてから中に入ってみると、やはりそこがファーストクラスであった。

@一見するに違いがわからない

 座席自体は、セカンドクラスと同じである。違いは革張りであるのと、机の上に照明があるのと、あと気持ちだけ前後幅が広いだけである。ファースト専用のサービス(食事のデリバリー)があるにしても、これならばセカンドと大差ないため、レイルパスもセカンド用で良かったような気もするが、それは後の祭りである。結果論からすれば、他国ではファースト用で得をしたことの方が多いわけであるから。

@こういう座席

 出発前から無料のジュースが提供され(ファーストの特権)、定刻の7時35分に出発した。
 せっかくファーストに乗っているので、今日も朝食を注文することにしている。ミニ・ブレックファースト(パンと飲み物以外は、数種の食材から4種類選ぶ)にしてみたが、7.55ユーロの割にはボリュームたっぷりであった。初日に頼んだものより、こちらの方が充実していた気がする。

@特に豆が大量

 しばらくすると、右手に海が見えてきた。しかし、残念ながら雨模様である。
 8時11分、とある駅で対向のダブリン行とすれ違った。あちらは現代ロテム製ではなく、本来の「エンタープライズ号」用の車両である。あちらの方が古いが、できればあれに乗りたかった気もする。

@曇り空と雨

 海はそのうち遠くに去り、雨は降り続いたままの状態で9時45分にベルファスト(セントラル)に到着した。乗り継ぎ時間は35分ほどあるが、残念な雨模様であるため大人しく駅構内で待ち続けた。売店を覗いてみると、当然のようにユーロではなくてポンドである。概して、アイルランドより高くなっているようである(為替レートの違いでもあるが)。
 次に乗るべきは、NIR(北アイルランド鉄道)のポートラッシュ行である(英国だが、アイルランドパスで乗車可能)。電光掲示で出発時刻を確認しようとしたが、とにかくめちゃくちゃである(朝の6時台が残ったまま)。改札にいた駅員に聞くと、普通に「○番線」と言うだけであった(壊れた電光掲示なら、消しておいて欲しいものだが)。
 ホームに行き待っていると、やって来たのはシルバー+ブルー色の車両であった。

@これで移動

 電光掲示の混乱をよそに、列車は定刻の10時20分に出発した。しばらくすると右手に川が見え始め、周囲は長閑な農村風景であり、恨めしいのは曇り空だけである(雨は上がった)。
 コールレーンでロンドンデリー方面から分岐し、相も変わらずな景色の中を走り続け、しばらくして左手に海が見えてくると、終着のポートラッシュであった。
 散策くらいしたいところであるが、ここで時間を取ってしまうとロンドンデリーの滞在時間がなくなってしまうので、仕方なくとんぼ返りである。

@海岸近くの駅

 折り返しの列車に乗り、コールレーンで下車。ここからロンドンデリー行に乗り換える。
 同駅を12時43分に出発した列車に揺られ続けて行くと、しばらくして右手には海が広がり始めた。変わりやすいアイルランドの天候を象徴するかのように、いつの間にか晴れ間も覗き始めている。

@やはり晴れが良い

 ぼんやりと海を眺めているうちに、何もないところで列車は止まってしまった。単線であるから、行き違いの列車などないはずである。どうしたものかと思って外を見てみると、遠くから飛行機が近づいてきた。列車の進行方向を見てみると、空港の滑走路の進入灯橋みたいなものがある。要するに、「対向列車待ち」ではなくて「飛行機の着陸待ち」のために、信号が赤になっていたのである(帰国後に地図を見てみると、この路線は滑走路の直前を横切っているのであった)。

@これは珍しい経験

 シティ・オブ・デリー空港に着陸した飛行機を待ってから列車は動き出して、13時25分に終着のロンドンデリーに到着した。
 さて、ここでは普通に観光をするだけである(もちろん、夜用の食材の確保も)。駅からは無料のバスがあるらしいが、せっかくなので歩いて橋を渡って市内へと向かった。また小雨模様になってきたがすぐに止み、その後は城壁の上をぐるっと一周歩いて回って観光を続けた。

@晴れたり曇ったり

 スーパーで買い物をしてから駅に戻り、15時33分の列車でベルファストへ。往路とは逆に左手に海を見つつ、次第に晴れ間が多くなり、ベルファスト到着後は日差しが熱いくらいの天気となった。市内のホテルにチェックインし、ぶらぶらと市内観光をし、いつものパターンでビールを買い、アイルランド最後の夜を過ごした。

@締め括りは晴天(ベルファスト市内)

 

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