香港−広州の旅

はじめに
 1997年に中国へ返還されて以降も、いわゆる一国二制度による特別行政区として存在している香港から中国へ行くためには、「出国」するための手続きをしなければならない。今回は短い旅ながら、このような複雑な事情を踏まえた鉄の旅をしてみたいと思う(往路と復路もあえて違う列車にして、手続きの違いを紹介したい)。

2010.5.30
 彌敦道近くの安ホテルから、歩いて紅ハム(石偏に勘)駅へと向かう。紅ハム駅といっても、一般の人が使うのはMRTという一般の路線で、私が乗ろうとしている国際列車はそれとは別になっている。大きな駅ターミナルの片隅にその専用入口があり、近場には両替所などもあって雰囲気は多少異なっている。

@紅ハム駅外観

 切符は前日夕方に手配済みである。この国際路線には3種類の列車が走っていて、スウェーデンから供与された高速列車で全席特等扱いの新時速(車両故障のようで最近は時刻表に載っていない)、現状では最も豪華な編成で特等も連結されている九廣通(Ktt)、中国製の旧い客車が連なっている準高速、である。今回は、朝の8時18分発の九廣通特等席を押さえてある。料金は230香港$(約2650円)。ちなみに一等は全列車共通で190香港$(約2200円)である。日本の感覚からすれば普通かもしれないが、中国での物価を考えるとかなりの高価な乗り物である。

@特等切符

 終着の広州東までは173kmあり、1時間49分で走行する。表定速度(停車時間も含めた平均速度)は時速95km程度であるから高速列車を謳っているわりには意外と低速のように思えるが、香港圏内はMRTの路線上を走るため追い抜きができず、低速運転になってしまうのも一つの原因と考えられる。
 紅ハム駅の北側の端に国際列車専用の入口がある。もうすでに人がちらほらと並んでいて、掲示板には手続き開始時間が7時40分からと書いてある。その時刻になるとゲートが開き、簡易な荷物検査を経由してから出国手続き、というように空港のような手順を経て待合室へと至る。まだホームに降りることはできず、しばらくここで待たされることになる。すでに出国しているため当然のように免税品が売られているが、税なしの恩恵を受ける品々(タバコや酒)を買う必要もないので、ただ眺めるだけしかできない。

@案内板(荷物検査の前)

 8時頃にアナウンスがあり、ホームへのゲートが開かれた。島式のホームがあり、2種類の列車がすでに停まっている。進行方向に向かって左側にはこれから乗るべき九廣通、右側には、次の列車に充てられるのだろうか、旧い準高速が停まっている。九廣通のドアはすでに開いているが、そのすべてに駅員が配置されていて、これは人件費の高い日本では考えられない対応だろう(車掌すら廃止してワンマン運転するくらいであるから)。ホーム上にそんな駅員がたくさんいるため、写真を撮るためにホーム上をウロウロするのに躊躇を覚えるが、覚悟を決めてあれこれと撮り続けた。

@紅ハム駅直通列車専用ホーム(先頭側から撮影)

 九廣通の各車両や電源車には、今年の秋に広州で行われるアジア競技大会のマスコットである「5匹の羊」が描かれているため、硬いイメージの中国の鉄道にしてはかわいい雰囲気になっている。それらを写真に収め、あまりホーム上に長居して怪しまれないようにそそくさと車内へと入っていった。
 
@電気機関車with5匹の羊

 2階建の車両であるが、残念ながら下層フロアであった。座席は固定式で、当然ながら進行方向に向かっている席とそうでない席とがある。そしてそれらが向かい合っている場所では、席間が若干広くなって小さな机が設けられている。下層になってしまったが、幸いにも進行方向に向かった席、しかも向かい合いになって机のある場所であった。

@九廣通車内

 座席は飛行機の国内線プレミアムクラスくらいの広さがあり、オーディオ設備や読書灯、乗務員を呼び出すボタンなどもあり、さながら飛行機に乗っているような感じがする。中国の鉄道にしては予想外に良い設備じゃないか、と言いそうになってしまうが、この九廣通は日本のJRや私鉄の車両を数多く造っている「近畿車輛」の制作なのである。そう考えると、内装もどことなく日本の雰囲気がある(向かいに停まっている準高速とはえらい違いである)。
 私が乗っている車内には私を含めて5人くらいしか客がいなくて、乗務員の数と比較するとかなり空いている。しかしよく見てみると、全員が進行方向を向いて座っている。ということは、そういう席から優先的に売っているということがわかる。客が少ないのは特等だからかもしれないが、季節や曜日の問題もあるのかもしれない。また、より安価な方法を求める人が別の手段(後述するが、私の復路で用いる経路)で移動するからかもしれない。
 そんなことを考えているうちに、定刻の1分前の8時17分に出発してしまった。列車で早発は珍しいが、飛行機の場合は搭乗手続き済みの客が全員揃えば出発予定時刻より前でも普通に出発してしまう。切符の発券や荷物の検査等の手続きがどちらかというと航空機に近い直通列車であるから、手続きを済ませた客が待合室やホームから消えてしまえば早めに発車してしまっても問題ないのであろう。
 列車は香港領内のMRT路線上をゆっくりと走っていく。駅を通過する際には、目線がホームすれすれになっていく。香港のガイドブックを片手にどの辺りを走っているのかを確認するが、やはり速度が遅いせいかなかなか進まない。
 発車後しばらくして、ミネラルウォーターとお菓子(ピーナッツ)の無料サービスがあった。2種類あるピーナッツはロースト味と砂糖味のようだが、その違いがまったくわからない(どちらも香辛料が入っているのと、ローストにも若干の砂糖がかかっていたため)。

@水とナッツ(水はKtt専用容器)

 国境(といえるかどうかは微妙だが)が近づき、ガイドブックとの睨めっこも止めて外に目を移す。小さな川を渡ると中国本土領となり、深セン(土偏に川)の文字が見えてくる。そもそも深セン自体が香港返還前から経済特区として栄えていたわけであるから、本土に入ったからといって急に田舎になるわけでもなく、並んでいるビルの多さに大差はない。しかし駅付近にある車両はいかにも中国的なものばかりになり、紅ハム駅で見た準高速のような車両や、それよりさらに旧いような車両で溢れかえっている。そしてその行先も「武昌」などとなっていて、そういうのを見ると中国本土に来たのだなという実感が湧いてくる。
 速度は香港領内よりは早くなったが、まだ九廣通の最高速である時速160kmは体感できない(これは復路で気付いたことだが、時速100kmを超えるとあまり速度を実感できないようで、往路でも所々では上記の速度を出していたと思える)。途中、看板などにある地名から推測するに樟木頭駅付近辺りでまた遅くなり、長大な貨物列車を追い抜いたりする。辺りの家々も香港とは雰囲気が異なり、レンガをそのまま積んでいるような家や、瓦とは言えないような丸い陶器のようなものを屋根に並べているような質素な家が多い。また所々にはスラムと言ってしまいたいような集落もあり、養殖場の水辺にそれらが半分朽ち落ちるように建っていたりする。
 またそれ以外に気付いたのは、大量の石炭の山や、うず高く積まれたレールの山(日本では信じられない程の膨大な量)などである。未だ石炭火力に頼っているエネルギー事情や、今後の膨大な鉄道のインフラ整備など、現状の中国を物語るような物に思える。

@こんなレールの山が延々と続く

 通過する各駅では、駅員が律儀に通過を見送っている。仕事だから当然だろうが、周りに何もなさそうな田舎の駅でも駅員が配置されているのが日本との違いであろう。
 終着の広州東到着の20分も前に、車内アナウンスが始まって入国の手続き方法などが車内ビデオと併せて説明され始めた。香港と大差ないような高層ビル群が近づき、そろそろ広州市内であることを知らされる。速度が遅くなり、駅構内には様々な電気機関車が見え、長旅を終えたであろう列車が回送となってすれ違って行くのが見える。行先表示には、簡体字でハルビンと書いてある。ハルビンまで直通とすればほぼ中国を横断するくらいの距離であり、最初は見間違いかと思ったが、帰国後に調べてみるとそういうのが実際にあるようである。
 広州東にはほぼ定刻に到着した。ホームに降り、人の流れに付いていって入国手続きへと向かう。乗客は少ないと思っていたが、一等車にはそこそこ乗っていたようで、中国のパスポートを持った人がかなり並んでいた。しかし私が並んだ位置が良く(比較的西洋人の多い列を選んだ)、手続きはすぐに終わった。ちなみに入国管理のおばさんは、私のパスポートを開くや否やこちらの顔も見ないでスタンプを押して返してくれた。それほど海外渡航経験は多くないが、これまでで最速である。
 広州では数時間ほど観光をした。見るべき場所はあまり多くない都市であるが、例の5匹の羊の像を観たり、「食在広州」ということで若干敷居の高い店で飲茶を頂いたりした(鐡旅なので詳細は略)。

@5匹の羊(本物)

 さて復路である。同じ行程では芸がないので、帰りは中国国鉄の「和諧号」で深センまで移動し、そこから徒歩で国境越え、出国・入国手続きをして、香港領土内はMRTで移動する方法である。車両等の違いはもちろんのこと、料金や手続きの違いを比較してみたい。
 乗車する駅は同じ広州東であるが、出国の手続きは必要ないため直通列車とは入口が別になっている。さて切符売場へ行こうとするが、その前に荷物検査がある。切符売場の手前にあるということは、ただ単なるテロ等への安全対策であろう。
 売場の手前には電光掲示で時刻表が表示されており、ほぼ10分から15分に1本の割合で出発している。深センまでの用事がある人もいるだろうし全員が香港へ渡るわけではないだろうが、単純計算で直通列車より数倍の需要があるということは言えるであろう。

@広州東駅電光掲示板

 とりあえず窓口で一等を買うが、窓口の女性は発券された切符をポイッと投げて渡してくる。いかにも中国な感じである。ペラペラの切符であるが、ICが内蔵されていて意外と最新技術が用いられている。深センまでの料金は一等で95元(約1250円)。ちなみに二等だと75元(約1000円)である。これに香港領内でのMRTを追加する必要があるとはいえ、往路の直通列車と比較しても半額程度の料金である。

@切符(見えにくいが赤字の中央にICとある)

 IC切符をかざして改札を入ったが、すぐにはホームへ行くことはできずに待合室で待たされる。余った中国元でお土産でも買おうと物色したがあまり気に入ったものもなかったので、これは香港到着後に香港$へ戻すことにした。
 発車10分前になってホームへ続く通路の扉が開き、客がわらわらと向かいだした。その流れに付いていき、一等車が先頭にあるため、ホーム上を延々と歩いていく。お約束で先頭車両の写真も撮っておく。
 
@広州東駅和諧号用ホーム                          @和諧号

 車内に入ったが、どうやら席が回転しないタイプである。日本の川崎重工製で席がきちんと回るタイプの車両も導入されているという噂を聞いていたのでそれを期待していたが、残念ながらカナダ製であった。しかし幸いに、進行方向に向かった席で、窓もすぐ横にある。窓があるのは当然じゃないかと言われそうだが、やはり海外製ならではの雑な造りであるため、席の配置と窓のパターンが全く合っていなくて席によっては窓側なのにほとんど外が見えないところもあるのである。
 定刻の14時30分に広州東を出発。路線自体は往路と同じであるため、景色に違いはない。路線は複々線化されていて、西側の複線が和諧号、東側が直通列車となっている。私は左の窓側に座っていたので、九廣通や準高速が時折すれ違って行くのが見えた。
 高速鉄道の割には意外と速度が出ていないな、と往路と同様に思っていたのだが、車内に速度計があって、もうすでに時速178kmを示している。まったくそんな実感はないのだが、言われてみれば在来線の感覚ではなく新幹線のそれに似たような走行感覚でもある。じきに列車はさらに速度を上げ、ついには速度計が時速200kmを表示した。私が乗ったのはノンストップではなく途中2駅で停まるタイプだが、計算すると表定速度は126kmであるから、なかなかの高速である(それでも速度計は少し色を付けている?)。
 ほぼ定刻の15時37分に深センに到着した。ここからは徒歩での国境越えである。案内に沿って香港方面へ進んでいくが、距離は意外と長く、これは大きな荷物を持っている旅行者では少しく苦労するであろうルートである。ひたすら通路を歩き、さらにエスカレータなどに乗って、結局10分弱ほどかかってやっと出国手続きをする場所に辿り着いた。私は身軽だからいいが、大きな荷物のある人などは直通列車でないと難しいであろう。さらに問題なのが出国手続きで、私は外国人だから別枠ですぐに手続きが済んだが中国国籍の列は長大である。こういったところも、料金がほぼ倍の直通列車に乗る人がいる理由の一つであろう。
 手続きを終え、徒歩で川を越え、今度は香港への入国手続きである。パスポートのスタンプに押された時間は記されないが、出国から入国までの時間としては個人的に最短記録である。
 問題なく手続きを終え、香港領内へと入る。あとはMRTで移動するだけである。出国と入国をひたすら繰り返した一日であったが、なかなか充実した日であった。
 
@旅の終わりは「香港鉄路博物館」へ                    @なんか皆楽しそう・・・

 

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