将軍様の隣国でプチ鐡

■はじめに
 2018年の9月、北朝鮮へ行った。原則として北朝鮮には入国できないため、見た目上は中国へ行き、そこから別途北朝鮮に入国することになる。
 今回の北朝鮮ツアーでは、9月10日(月)の午前にブリーフィング(切符や北朝鮮ビザの受領、デポジット以外の支払い、その他注意事項のレクチャー)があり、夕方に夜行列車で北京を出発し、翌日朝に丹東から北朝鮮に入国する。出国は、9月17日(月)の昼に車で延吉に到着する。よって、自前で手配しなければならない中国へのフライトであるが、往路は8日午前の北京行、復路は18日の延吉発北京行・北京発羽田行を押さえることにした(ブリーフィングが月曜の朝であるため、日曜の午後に移動すれば充分なのであるが、家にいても仕様がないので土曜の午前に移動することにした)。これにより、往路は1日半、復路も17日の午後に暇がある。
 あれこれ考え、以下のようなプチ鐡をすることにした。

8日午後:高速鉄道で天津往復(しかし実施せず)
9日:在来線で宣化往復
17日午後:図們往復

@北京駅にて

■2018.9.8
 羽田から北京への中国国際航空は7時台と8時台に連続であるため、私が予約していた8時台(窓側席)はそれほど大きくない機体であったが、チェックインしてみると大きな機体の通路側席に変更されていた。これはもしかしたら、9月4日の台風で関西空港が閉鎖され、直後の9月6日の地震で新千歳空港が閉鎖されたことにより、多くの「難民」が発生していることも影響しているのかもしれない(羽田からの代替輸送を兼ねる)。
 4時間弱のフライトで北京へ。今回も「沖止め」である。

@50機目記念の機体?

 もうずいぶん慣れてきた北京首都空港内を移動して、市内へ行く鉄道の乗り場へ。25元の切符を自販機で買おうとしたが、何回やっても100元札が戻ってきてしまう(釣銭切れであろうか)。仕方ないので窓口に行ったが、今日明日で何回も地下鉄に乗車するため、ICカードを購入することにした(デポジット20元必要)。

@こちらは10周年記念

 アクセス鉄道で市内に入り、東直門で下車して地下鉄2号線に乗り換え、前門で下車して観光地化した前門の通りを歩いて安宿へと向かった。
 荷を置いて身軽になってから、地下鉄で北京南へ移動した。天津へ行く高速鉄道の改札と切符売り場はすぐに見つかったが、切符の自販機は中国民の身分証明書がないと購入できないため、外国人は窓口に行く必要がある。しかし、有人窓口がなかなか見つからない。やっと見つけたが、「ここではない、2階」と言われてしまった。
 しかし、今度は2階へ行くルートが見当たらない。ぐるぐる歩いたが、この時点で3時前であり、「別に天津で見たいものがあるわけでもないし、もういいか」と思ってしまった。ということで、天津日帰りは急遽キャンセルである。
(文章が長くなってきたので、前門で走行していた観光向け路面電車の写真を)

@あくまで観光目的

 ということで、北京駅に行ってネットで手配済みの明日の切符を発券したりすることにした。明日の朝でも不可能ではないが、原則として出発の30分前までに発券することが推奨されており、もし当日朝の窓口が劇混みであったら大変なことになる。
 地下鉄を乗り継ぎ、久々の北京駅へ。建物の西側にある切符売り場専用の建物に入ってみると、やはり行列であった。最近はネット予約や自動券売機による発券が浸透してきたので、以前のような末恐ろしい大行列はなくなったが、さすがに北京駅である。

@列に並ぶ

 以前との違いは、「16番窓口は英語対応」のような表示が英語で出ていたことである。そういえば、北京南駅の窓口氏も、英語で対応してくれた。数年前は英語対応など皆無であったので、その辺りも変わってきているのであろう。
 30分ほど並び、明日のチケットを無事ゲットした。おそらく早朝であれば行列はない可能性が高いが、切符が手元にあれば安心である。

@これで安心

 まだ4時前であり時間も余っているため、地下鉄2駅分歩いて宿に戻った。宿付近は胡同(旧市街)が残っており(綺麗に整備されているのはメインストリートとその後方一部のみ)、ゴミゴミした路地を歩いて夕食の食材やビールを揃え、一献してから就寝した。

■2018.9.9
 安宿から北京駅までは地下鉄で2駅分であるが、暑くも寒くもない時間帯でありそれほど遠くもないので、今朝も40分ほど歩いて向かった。この駅から乗車するのも、久々である。

@貫禄の駅舎

 入口で切符と身分証(パスポート)を見せて入り、荷物検査を経て建物内に入った。この時点で出発時刻の30分前であったが、丁度改札が始まったところであった。急ぎ足で指定された改札番号に向かい、検札を受けてホームへと向かった。
 客車部分は10両だけであり、中国内の旅客列車にしては短い編成である。1〜8号車が硬座(二等座席)、9号車が軟座(一等座席)、10号車が硬臥(二等寝台)である。緑皮車と赤白カラーの車両が、混在している編成である。

@観光列車を兼ねる?

 私は軟座を押さえている。横4列の座席でありこれまで乗車したことがないタイプであるため楽しみにしていたのだが、切符に「軟臥代軟座」とあり、二段式寝台の下段を横3人で座席として利用するものであった(ネットで予約した際に座席番号が「25a」となっていたので不思議に思っていたが、こういうことだったのである)。外の景色を見るだけなら座席車の方がいいが(寝台はコンパートメントで仕切られているため)、しかし硬座は横五列であり窓際になる確率は低いため、こちらで良しとしよう。
 定刻の7時12分に出発。どういうルートを通るのかと思っていたら、昨日来たばかりの北京南を通過していった。英語のアナウンスもあったが最初だけであり、それ以降は中国語のみである。市街地を抜けると発電所なども見えたりして、7時54分に最初の停車駅である三家店に到着した。

@素朴な駅

 同駅を7時56分に出発。8時を過ぎると、沿線風景は岩山になっていった。トンネルも多くなり、それを抜けるたびに険しい景色が広がっていく。写真に収めたいが、見上げる首が痛くなるような角度であり、フレームに収めるのは難しい(実際に見ることをお勧めします)。
 地形が険しいため複線を引くことができないいようであり、反対側の列車が遠くに走っているのが見えたりする。

@対向列車

 予想外に良い景色の路線であり、適当に選択した割には当たったと言える。
 9時ごろを過ぎると峠も終わり、地形は台地状になっていった。進行方向右手には湖が見え始め、9時03分に官庁西に到着した。小さい駅のようであり、私のいる9号車はホームの外である。
 同駅出発後は、先ほどまでの山岳風景とは打って変わって、畑の連続である。別路線と交差したが、あちらには長大な貨物列車が走行していた。

@大陸の鉄道のメインは貨物

 しばらく走行し、新たな路盤が工事中の沙城に9時26分に到着した。工事中ということは高速鉄道が建設中であるということで、もしかしたら今日見てきた岩々しい風景も今後は見られなくなってしまうのであろうか。
 同駅出発後も、ひたすら畑の連続である。

@畑+建設中の高速鉄道高架

 定刻から3分遅れの10時12分、宣化に到着した。
 さて、この町に来たのは何か目的があるわけでもなく、「北京から片道3〜4時間」「高速鉄道ではない」で検索したところ、意外と候補がなく、ここしかなかっただけである。
 印刷してきた地図を片手に街歩きをしたが、お尻部分が開いたズボン(すぐに用を足せるため)を履いている幼児がいたり、表通りでは障碍者が歌を歌ってお金を求めていたり、少し昔の中国がまだ残っているようであった。

@町の中心部

 滞在時間が1時間半弱しかないため慌ただしく街中を歩き、市場で夜用にから揚げを買ったりして駅に戻った。復路の切符もネット手配+北京駅で発券済みであるため、面倒な購入手続きをしなくて済むのが嬉しい。

@駅は大きくない

 駅舎内は大混雑であり、出発の10分前に改札が開いたが、1か所しかないため大混乱である。列車は11時41分に入線してきて43分に出発する予定であるが、40分を過ぎてもまだ半分くらいの乗客が改札の外である。
 「おしくらまんじゅう」状態で改札を抜け、ホームへ向かった。列車は少し遅れて入線してきたが、乗客はすぐには乗れない。というのも、ホーム上に手動の転落防止柵があるのだが、その位置と車両のドアの位置がまったく合っていないため、余計に乗り辛くなっているのである。

@柵が邪魔

 座席が指定されていない立席の人も多いようで、車内は大混雑である。幸いなことに私の座席は「進行方向側の窓」であり、1/5の確率で当たったことになった。ただし残念なことに日の当たる方であり、カーテンはばっちり閉められている。
 宣化を定刻から10分遅れで出発した。最初の1時間程度は平原を走るため、私も少しウトウトとした。山深くなってからは、カーテンを捲り上げて外を眺め続けた(カーテンを開けてしまうと日光が入ってしまい、スマホなどを見ている他の乗客に迷惑になるため)。

@途中駅の一例

 逆光が強いため写真撮影はあまりできなかったが、往路とは反対側であったので、これも幸いであった(両側の景色を見ることができた)。
 往路との違いは、停車駅なし(ノンストップ)であったことである。列車番号は往路がY535で復路がY536、つまり対となるものであるから、これは意外であった。
 定刻から7分遅れの14時48分、北京に戻ってきた。遠くに赤い和諧号がいたので写真を撮ると、なんと烏魯木斉(ウルムチ)行であった。そのうち、乗りに来たいと思う。

@長距離列車と言えば

 さて、時刻はまだ15時前である。遠くに行くこともできないがホテルに戻るには早いため、すでに訪問済みであるが鉄道博物館へ行くことにした。
 この博物館を初めて訪問したのは今から8年前、天安門から前門方面にぶらっと歩いている際に、偶然にも出来立てホヤホヤのこの博物館を発見したのである。当時はまだガイドブック等にも記載されていなかったものであるが、現在は某有名冊子にももちろん掲載されている。
 20元を支払い、内部へ。どの部分が更新されたのかは不明であるが、少なくとも巨大なジオラマが撤去されたようであった。

@どの写真にするか悩んで、これに

 その後は、北京ダック用に皮をむかれた状態の鳥1匹をたったの10元で買い、ホテルで一献した。

(北朝鮮旅行で、しばし中断)

■2018.9.17
 1週間ほどの北朝鮮旅行を終えて午前中に無事に脱北して、12時少し前にホテルにチェックインした(まだ時間前であったが、部屋が準備できていたため)。身軽になり、歩いて15分ほどの場所にある延吉駅へ行って図們への切符を購入した。改札口には2組ほどしか並んでおらずすぐに買えたが、一番ランクの低い列車ということもあり、たったの4元(65円程度)である。
 今日は、図們まで往復することにしている。この区間は今から3年前に乗車経験があり(拙文「国境の町から北朝鮮を望む」参照)、まさか再訪するとは思わなかったが、後述する「落穂拾い」があるため再度乗ることにしたのである。

@延吉駅

 列車は13時38分に到着して44分に出発するが、待合室にいる乗客はなかなかホームに行かせてくれない(これは中国どこでも同じである)。列車入線直前になって、やっとホームへと行くことを許された。
 入線してきたのは、硬座が5両連なっただけ(すべて緑皮車)という、中国にしては珍しく短い編成であった。

@貫禄の緑皮車

 指定された1号車に入ったが、人々は勝手な場所に座っている(人によっては2号車の切符を持っている人もいた)。過去の経験上、この区間はあまり乗客が多くないので、適当に空いている席に座ればいいのであろう。
 列車は定刻に出発した。非空調の硬座は過去にも乗車経験があるが、ふと気づくと防犯カメラが車両の前後にあるではないか。これまでは付いていなかったと思うが、防犯上必要になってきたのかもしれない。

@ランクの低い車両にもカメラが

 車両の揺れに任せて、のんびりと外を眺め続ける。場所柄、聞こえてくる言葉が朝鮮語だったりするので未だに北朝鮮にいるような感じもするが、大きな違いは私1人で個人行動しており、お気楽状態である(写真も写し放題)という点であろうか。
 14時30分頃に見覚えのある図們北を通過し、トンネルを過ぎて、定刻から4分遅れの14時39分に図們に到着した。

@久々に来ました

 さて、まずは復路の切符購入である。駅舎内に再度入り(中国では駅の出口が完全に別場所になっている)、17時00分発の延吉までの切符を購入した。空調付き快速ということで、料金は往路の倍以上の11元であるが、乗車時間はほとんど同じである(往路もノンストップであったため)。
 駅を出て線路沿いを伝って歩いて行くと、貨物列車が後ろからやって来た。「北朝鮮へ行くのか」と思ったが、そうではなく、貨車の入れ替え作業をやっているだけのようであった。手旗と声掛けだけで作業をして事故未遂を起こしていた北朝鮮とは違い、中国では無線を使用して連絡を取っているので、衝突することはない。

@作業中

 そのまま歩き続け線路を跨いで川沿いに右折すると、北朝鮮を望むことができる展望場所がある。川の向こうの北朝鮮側には、平壌ですらなかったようなきれいなマンションが並んでいるが、もちろんあれらは彼らのメンツを保つためだけのものである。元より人口の少ないこんな地域にあんなハリボテのようなものを整えるより、本当に必要な人民に必要な住居を与えればいいのに、と思う。

@中朝国境

 さて、一目散にここに来たのは実は理由がある。というのも、実はこの付近に小さな鉄道博物館があるのである。3年前にここを訪問した際にはその存在を知らず、目の前で折り返して帰ってしまい、帰国後に別のブログで発見して「しまった」と思ったのであるが、後の祭りであった。図們など再訪することないと思っていたので諦めていたのだが、今回このようにして偶然にもまた来ることになったので、「落穂拾い」をすることにしたのである。
 件の博物館は、展望場所の裏手すぐのところにあった(開館時間等の詳細は不明)。

@展示の一例

 展示品を見終えてから、前回とは逆のルートで図們国境大橋を見に行くと、こちらは新しい橋が工事中であった。そんなに物品が行き来する必要性はないと思えるし、そもそも経済制裁下では中国からもあまり物は出せないはずであるが、とにかくインフラは整備中であった。

@必要?

 さて、戻りはすでに切符を入手している17時00分発の列車である。街中の市場で夜用のから揚げを買ったりして、駅に戻ってから改札を経て車内に入ったが、さすがに座席のレベルはこちらの方が上である。
 16時58分、フライング気味に列車は出発した(待合室にいる人が全員乗れば問題ないのであろう)。少しずつ薄暗くなる中、17時48分に延吉に到着した。

@復路の車内

 

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