世界の裏側で鐡を求める

■はじめに
 青天の霹靂というか、ブラジルへの出張が急遽決まった。現地では朝から晩まで仕事が詰まっているが、飛行機の便数が少ないため、到着日と出発日は朝から晩まで暇がある。そうとなれば、鐡ネタ探しである。
 しかし、ブラジルの鉄道は衰退が激しい。長距離列車はすべて淘汰されてしまい、大都市において地下鉄等が残っているだけである。
 私の今回の訪問地は、リオデジャネイロである。地下鉄は2本あるが、調べてみるとそれ以外にもどうやらSuperViaという近郊列車があることがわかった。しかし、ガイドブック等での記述は皆無であり、ネット上で検索しても旅行記すら全く見当たらない。しかも検索結果には、「鉄道は沿線にスラム街が多く客層が悪いため、日本人は利用不可」や、「セントラル駅から郊外への電車SUPERVIAがあるが、これは危険極まりないので絶対乗らないこと」というのがあるばかりである。普通の旅行者であれば、ここでお手上げである。
 治安が悪いことは承知であるが、必要最低限の対応(貴重品は持たず、華美な格好はしない等)をすれば、なんとかなるはずである。「強盗の発生件数が日本の150倍」と言われると確かに多いと思えるが、それは分子だけの比較であって、分母も考慮すれば、マイナスの意味での宝くじみたいなもので、凶悪犯罪に遭う・遭わないは心がけと運次第(特に後者)の占める割合がかなり多いと思われる。もちろん、油断や過小評価は厳禁であるが。

@サンタ・クルース駅にて

■2015.5.24
 わずか2週間前にプライベート旅行で利用したばかりのフランクフルト空港を経由して、空路リオデジャネイロへ(朝5時過ぎに到着)。ホテルへ移動し、貴重品類はスーツケースに入れて預け、Tシャツと短パン姿になり、現金は財布に入れずに裸でポケットに入れて準備完了である。まずは、ホテルの目の前にあるコパカバーナを適当に散策である。

@鐡の前に定番を押さえる

 ビーチに沿って北上してから市街地に入り、地下鉄の駅へと向かった。比較的こぎれいな駅舎である。

@ブラジル初鐡

 料金は一律3.70レアル(約150円)であり、窓口でカード式の切符を購入するタイプである。初乗り運賃としては日本と変わらないが、一律料金=つまりどこまで乗っても同じであるため、遠距離の場合は日本よりかなり格安となる。ちなみに、カードは改札に入る際に回収されてしまう形式(つまり乗車時は切符を持っていない)となっている。

@切符を買っても手元にあるのは一時

 ホームに行くと同時に入線してきた列車に乗車。最初はまばらだった乗客も、セントロ(中央駅方面)へ近づくにつれて増えていった(ちなみに、大きな駅では下車側と乗車側のドアが違うので、注意が必要である)。
 セントロで降りエスカレーターを上がると、目の前が鉄道駅である。その名も「Centro do Brasil」(ブラジルの中央)という仰々しいものであるが、先述した通りここから出る長距離列車はすでに皆無である。

@風格は残っている

 駅周辺は警官も多いが、それ以上に駅構内にやたらとたくさんいる。私にとっては安心であるが、表現を変えれば「それだけ治安が悪い」という証左でもある。

@西欧っぽい?

 電光掲示を見てみると、今日私が目的地としているサンタ・クルース行の列車は8時30分に出発するようである。まだ30分以上あるため、駅付近でも歩いてみようかと思って北口を出てみると、いきなりファベーラ(スラム街/貧民街)だったのでさすがに引き返してしまった。
 駅構内に戻り、売店でチーズ入りのパステウ(ブラジル風のパイ)を買って食べてから、窓口で切符(一律3.30レアル)を買ってホームへと向かった。

@これから乗る車両(右側)

 今日は日曜なので空いているが、混雑時に備えるためか女性専用車も設定されているようである。全車冷房車であり、現状では治安の悪さは感じ取ることができない。
 12番線まであるような巨大な駅であり、古の時代の繁栄を思い浮かばせるが、残念ながら今となっては近距離列車が行き来するだけの駅である。

@行先は色々

 定刻の8時30分、電車はゆっくりと動き出した。元は巨大ターミナルだっただけあり数多くの線路が交差しているため、しばらくは徐行運転状態である。車内では、お菓子や日用品などを抱えた物売りが大声を上げながら行ったり来たりしている。
 座席の半分以上は埋まっており、立っている乗客はいない。郊外に向かう路線であるから段々乗客は減るのかと思っていたら、逆にどんどん増えていった。8時59分に到着したマドゥレイラでは立つ乗客も多くなり、混雑度は増していくばかりである。
 カメラを出して写真を撮ることができる雰囲気ではないが、合間を狙ってこっそり1枚だけ撮影してみる。

@沿線風景(かなり郊外に来てから撮影)

 基本的に複線であるが、一部区間で単線もあり、行き違いのため数分間停車する駅もあった。9時45分に到着したカンポ・グランデでやっと乗客の数が減り始め、終点近くになってやっと草木が多くなり、サンタ・クルースには10時02分に到着した。

@無事到着

 本来ならば駅周辺を彷徨するところであるが、今日は治安のことを考えて割愛する。
 さて、これからは中央駅方面に戻ることとなる。本来ならもう一度切符を買うべきであるが、私は駅構内から出ていないのでこのまま乗り続けることにした。キセルみたいな感じもするが、先述したとおり改札を通った際に切符は回収されてしまっているので、不正乗車にはならないだろう。言うなれば、この鉄道での切符は「改札を1回通る権利」の値段なのである。現に、物売りの人たちは各駅で降りて反対側の列車に移動したりしている。
 中央駅行の列車は、10時12分発に出発した。しばらくは草木の多い景色である。

@このような感じ

 家ばかりの風景となりだんだんと車内が混み始め、ジャペリ方面の分岐駅であるデオドーロには11時02分に到着した。
 数で言えば10番線まであるような大きな駅であるにもかかわらず、実際に使用しているのは一つのホーム(3Dと3Eの2番線)だけであり、それ以外のホームには未使用の車両が並べられている。非効率この上ないが、なんだか駅が全体的に工事中であるので、この先有効利用されるのであろうか。

@これらの車両はすべて旧いもの(ホームへも降りられない)

 11時20分に入線してきたジャペリ行に乗り込む。銃装備の警官が3人乗り込んでおり物騒な感じもするが、私にとってはそうしてもらった方が逆にありがたい。
 しばらくはこれまでと同じような貧しい家々が続く風景であったが、終点近くになると一面の草原になった。至る所で牛も放牧されている。

@少し長閑に

 終着のジャペリには、12時30分に到着した(この先2駅分ほど伸びているが、別系統になっており乗り換えが必要となっている)。跨線橋を渡るのが面倒な乗客は、線路上に歩いてどこかへ行ってしまった。
 さて、先ほどと同じようにまた中央駅方面へ戻ることとなるが、他に列車が見当たらないので今乗ってきたものが折り返すと思われる。すぐには出発しそうもないので別のホームなどを適当に散策していると、予期せぬ機関車が入線してきた。保線作業か何かのためのようである。

@これはこれで撮影

 構内探索も飽きて車内で待っていると、13時07分に出発した。車内は駅に停まるごとに混んでいったが、やはりセントロが近くなると減っていった。
 中央駅に戻ってからは、歩いてセントロ地区にある教会などを観光した。今日は日曜日=安息日ということで、クリスチャンが多いブラジルの商店はほとんど閉っている。開いているのは一部のファストフード店と、あとどういうわけか一部の道路上で工事が行われていた。よくよく見てみると、どうやら路面電車みたいなものが出来るようである。オリンピックに間に合わせるための、休日出勤であろうか。

@間に合うのでしょうか

 さて、本日最後の鐡ネタは「カリオカ水道橋」である。これは旧い水道橋であり、その上を以前は市電が走っていたのであるが、残念ながらつい最近になって市電は廃止となってしまっている。しかし、廃線跡でも鐡ネタの一つである。
 徒歩で向かったが、日曜ということもあり人通りがかなり少なく、さすがの私も少し警戒しながら歩き続けた。

@近隣でイベント中

■2015.5.28
 平日は朝から晩まで仕事が詰まっていたが、木曜日に所用でリオデジャネイロから西へ数十キロの地方へと向かう機会があった。バスでの移動であったが、時折線路らしきものも見えた。すると、なんと貨物列車とすれ違ったではないか。貨物路線は残っている(路盤は使用できる)のであるから、長距離旅客列車も復活させてもらいたいものである。

@慌てて撮影

■2015.5.30
 今日は、飛行機の出発時間までおのぼりさん的観光+少し危険な観光の組み合わせである。
 まずは前者として、ブラジルの観光地としては最も有名なものの一つであるコルコバードの丘(キリストの像)である。迷いたくなかったので、私にしては珍しくタクシーを使って登山列車の乗り場まで向かった(切符はネットで予約決済してある)。

@朝なので空いている

 予想外に渋滞がなかったため、まだ8時過ぎである。予約してあったのは9時の列車であったが、窓口の女性はそれよりも早いやつ(次に出発する列車)に替えてくれた。
 しばらく列に並んでから列車に乗り込み、8時30分に出発した。ラックレール式の登山鉄道は、かなりの角度で急斜面を登って行った。

@対向列車と行き違う

 右へ左へと蛇行しながら走り続け、約15分頂上駅に到着した。そこからしばらく階段を上がっていくと、観光パンフレットでもおなじみのキリストの像である(私がわざわざここで紹介するまでもないと思うので、写真は割愛)。
 しばらく下界の景色を眺めてから、9時15分の列車で下山した(もう少し長居する予定であったが、霧が発生してきたため降りることに)。途中駅もあり、乗降する客や荷物を出し入れする作業員の姿もあった。

@駅の手前で退避

 到着して下車すると、切符売り場周辺は大混雑であった。この列車についてはガイドブックでも予約を勧めているが、その通りのようである。
 さて、これからはセントロ地区へ移動して中央駅に行き、今日のもう一つの目的(危険な観光)をすることとなる。セントロに直行できる手段として路線バスがあるが、言うまでもなく異国での路線バスはハードルが高い乗り物である。あれこれ下調べをしておいて(系統や支払い方。特にブラジルの場合後者は特異である)、なんとか乗り越えた。

@これに乗った

 初めてならばどこで降りていいかわからないが、中央駅付近は1週間前に来たばかりである。適当なところでブザーを押して下車し、駅へと向かった。
 SuperViaの切符を買ってホームへ向かい、10時28分発のグラマチョ方面行に乗り、5駅目のボンスセッソで下車。この駅からはロープウェーが出ているが、これが広大なファベーラの中を貫通しているのである。ツアーにも組み込まれることがあるが、ガイドブック等では「決して一人では乗らないでください」という記述もあるくらいである。

@ここで乗り換え

 窓口へ行き、ロープウェー方面を指差して切符を買おうとしたが、なんだか首を振っている。運休というわけではない(目の前で動いている)ので、とりあえず何も買わずに乗り場へ行ってみると、なぜか無料であった。ワールドカップ以降に治安が悪化してこのロープウェーがしばらく運休になったという話は聞いていたが、無料については初耳である。とにかく、流れてきたゴンドラに乗り込んだ。

@タダなら歓迎

 一つ目の小山を越えるまでは「特に違いはないな」と思っていたが、それを越えた瞬間、急に雰囲気が一変した。特に気になるのが、異様なまでの野良犬の鳴き声である。ヒステリックなキャンキャンという声が、数えきれないくらい至る所から響いてくるのである。
 ファベーラといっても街全体がそうなのではなく、道路の近くは自家用車もあるような家がほとんどである。しかし山の上に行けば行くほど、その家屋は崩れそうなものになっていく。「こういう場所でもし自分が生まれていたら、どういう人生になっていたのだろう」という思いが、ふと心の中をよぎった。

@こんな感じ

 こんな状況で数人の悪党に乗り込まれたら一貫の終わりであるが、念のために、今日の私の所持品は100レアル程度(約4,000円)を二か所に分散させて持ち、あとはデジカメを持っているくらいで、貴重品は皆無である。
 そうはいっても、身のために途中下車はしないでおこうと思っていたが、折り返し駅では半強制的に降ろされてしまった。嫌だなと思ったが、目の前が警察なので少しは安心ではあった。
 折り返し、ファベーラの上空を揺られていく。途中から地元男性2人が乗ってきてしまったが、普通の善良な市民であった。

@下界の様子

 緊張感のある小旅行が終わったが、まだ時間があるため、SuperViaでもう少し先まで行ってみることにしている(終着駅まで行くと日が暮れてしまう+治安が心配なので、途中までであるが)。しばらくしてグラマチョ行が来たのでそれに乗り込み、同駅で下車。下車と言っても今日も駅の外には出ず、ホーム内で折り返しを待つだけである。

@ここから先は単線に

 折り返しの列車ななかなか来ず、約1時間弱してからやって来た中央駅行に乗り込んだ。車内は何故かお祭り騒ぎである(サンバの季節ではないはずだが)。冷房が異様に低く設定されており、凍えるくらいである(どうやらこれが原因で帰国後に風邪をひいてしまったようである)。
 中央駅までは行かず、手前のTriagemで下車。というのも、この駅で地下鉄2号線に乗り換えられるからである。2号線にはまだ乗っていなかったし、それに2号線はかなりの部分で地上を走行する路線なので気になっていたのである。

@まだかなり新しい

 市内に戻り、最後はポン・ジ・アスーカルへおのぼりさん的な観光である。ロープウェーも法規上は鉄道なので、一応ここに紹介しておくことにする。

@晴天なり

 その後は地下鉄で移動してからイパネマの海岸を散策し、長期出張を締め括った。

 

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